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長谷寺蓬莱山倶楽部

倶楽部?


2019年05月12日

うがつ

今、本を読んでいて、「穿つ」という言葉の意味が理解できなくて、検索をしてみた。普段「うがつ」という言葉を「うがった見方」などと使うことがあるが、この使い方は本来まちがい、だそうで、

うがつ とは 穴をあける という意味が転じて 深堀をして本質に迫る という意味なのだそうです。

ということで「うがった見方」とは、「物事の本質を捉えた見方」という意味であり、否定ではないということをしりました。(が、広域に理解されている方が優先されていくのが日本語なので、今後も否定的な意味合いで使われ続けることで、結果 否定的な意味が正当となるのでしょう・・。

 さて、「仏道を穿った見方で見る」とは どっちの意味になるのだろう・・。

2019年05月04日

菩薩

bodhisattva の音写 菩提薩多とも書く

さとりの完成に努力する人 さとりの完成に努力する人 仏の智慧を得るために修行している人 自ら仏道を求め、他人を救済さとらせる者。  在家者出家者を問わず、発心して仏道を行ずる者


長谷聖十一面観世音菩薩様は菩薩様であり 仏となれるのに、私たちに寄り添い共にあゆみ、指し示す。

2019年05月03日

善友

ぜんう 善い友。良き友達の意味。善知識とも、勝友、善親友ともいう。普通修行上の助力をしてくれた人を言う。正しい道理を教えてくれる人。

 


よくはない友がいるのなら、そっと離れ一人歩むべきである。すべては因縁でつながるが、自分の行動は自分で決めることができ自分から離れることもできる、他人の悪い行動はたとえ自分の悪の原因とならなくとも、関節的な原因(縁)となってしまうから。そっとはなれることを勧める。

 

 善き友がいないのならば、寺に行ってみる。自分の悩みを聞き善き指針をしめしてくださる。そんな少し先に悩みを克服した人達が集まる所だから。

2019年05月02日

善とは何か?

おしゃかさまが80歳で入滅する時、話された。

「私は29歳で善を求めて出家し、ここに50年余となった」と語っている。35歳で仏となった釈尊であるから、その時以来、善を求めて求道生活を必要とするはずはなかったであろう。それにもかかわらず、仏となる以前も仏となった以後も、生涯かけて「善とは何か」を探求しつづけたのである。

 聖徳太子の解釈によると、修行の結果得られた善(善根)は、あらかじめ果報を期待して得られたものであるから、なんらの果報も求めず、ひたすら身に修めていこうとする善(習善)にくらべて、はるかにも劣るものであると 説明をした。

 


 

 駄菓子菓子 修行を行じないよりは、はるかに善きことである。(と住職は思う)

2019年04月28日

どこが中道か?

中道とはなにか

検索すれば出てきます。「中道とは」

引用すればーーーー

琴の弦(緊緩中道)

パーリ語経典に、どんなに精進しても悟りに近づけず焦燥感・絶望感を募らせていたソーナという比丘が登場する。彼は、過度の修行により足から血を流すほどであった。それを知った釈迦は、ソーナが琴の名手であったことを知り、以下の説法を行った

「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張り過ぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳(釈迦)よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が緩すぎたならば、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「いいえ、そうではありません、大徳よ」
「ソーナよ、どう思うか。もしあなたの琴の弦が張りすぎず、緩すぎもなく、丁度よい度合いを持っていたら、琴の音色は快く妙なる響きを発するだろうか?」
「そのとおりです、大徳よ」
「ちょうど同じように、ソーナよ、行き過ぎた努力は高ぶりを招き、少なすぎる努力は懈怠を招く。それゆえソーナよ、あなたはちょうどよい努力を保ち、感官にちょうど良いところを知り、そこに目標を得なさい」

弦は、締め過ぎても、緩め過ぎても、いい音は出ない、程よく締められてこそいい音が出る、比丘の精進もそうあるべきだと釈迦に諭され、ソーナはその通りに精進し、後に悟りに至った。

 

引用おわりーー

 

弦の張りを調節するということを細かく見れば

楽器に 弦が無い状態から取り付けユルユルの状態や 弦を張り過ぎて切れる状態、この極端ではない。ということ。極端ではなく、その丁度中間。中間にも、張り過ぎ、ユル過ぎがあるように、より良い状態とはどの状態の時なのか絶えず調整を続けて、工夫する。湿度や天候の変化、素材の性質、特性も含め最も適した状態を探し極める。この極めるということは、両極端の極めとは違う。違うという事を理解するには、実際に変化させないとわからない。

 「ほどほど」とはなにか?現在が極端なのにこれが普通だと感じている時、逆の極端まで変化させることで、中間が見えてきます。絶えず調整を繰り返す。それでも見えてこない時、観音様という第三者の目線で見てみることが極端から逃れる最善の方法。御自分自身が観音様に直接話しかけた時、住職は強い味方となって共に最善点を探します。どうぞお電話連絡の上長谷寺へ御相談ください。


ご相談は? 

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2019年04月24日

励ます

長谷寺では7月4日に「おせじき会」があります。

時代の流れもありまして 「おせじき」と記しております。

他人に差し上げる物として、仏教では 3つあり、法施 財施 無畏施 があり、法施は先に学びそれを教え伝えること、財施は物やお金などを分けること、無畏施は、励ましを与えること。

 この励ましとして、自分が今まで多くの人たちから贈られた、「はげまし」の言葉を募集し、整え発表は7月4日を予定します。 

 自分も多くの励ましの言葉をいただきましたが、一番残っているのは、修行に行く時に師匠から贈られた言葉「不退転」という言葉でした。直訳ですと「すすめ」となるのかもしれません。今の時代、他人に送ればまさに「人を追い込む」言葉かもしれません。しかし、修行道場とは、そういう所だということ、その気構えがないのなら務まることがない場所なのだということを、暗に伝えようとしたのだとおもいます。

 この言葉があったからこそ、進ことができたのも事実でした。今があるのもこの言葉があるからでもあります。貴方に贈られた言葉をぜひとも次の世代に贈っていただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

 無畏施 贈られた 励ましの言葉 贈りたい励ましの言葉 募集

choukokuji@gmail.com まで。

2019年04月22日

仏壇の付属

お仏壇を新たに購入した際、ご自宅におもむいて、本尊様やお位牌に魂入れをします。末永くみまもりくださり、そして感謝の気持ちをこめて水を差し上げ花をたむけ、蝋燭をつけて、お線香を焚いて手を合わせる。ここで注意してほしいのが、火の元です。その昔の方々は庭でたき火が出来た時代がありました。いつの頃からは、危険となり、環境問題として火を扱う方法を伝えることをやめてしまいました。多くの経験を通して学べる事も 経験がないと、ひどく怖がったり、散漫になったりするものです。そんな時に安心材料としての、消化器です。

これからお仏壇を御自宅で拝む時は、消化器も付属物としておすすめいたします。

2019年04月22日

くさむしり

携帯電話にカメラ機能がこわれてしまい、HP更新のきっかけが失われていまして、すこし凹んでいます。

 さて、今日は草むしりを行いまして、1時間行うと、30分休むを繰り返し、なんとか目標箇所の草をむしることができました。むしるというよりも、土を掘り起こすように根から土ごと持ち上げてから、土を落として根だけ回収を繰り返します。ゆっくりと時間をかけただけキレイに整います。心を浄めるのも、時間をかけて ていねい におこないます。草むしりは、心の汚れも取り除いてくださいます。

2019年04月03日

やってみよう2

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2019年04月03日

やってみよう。

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 お寺の車 ビッツ君も12万キロを超えまして、冷却水が水漏れしてきました。ウオーターポンプは定期交換品ですので気軽に交換してみました。気軽にできた理由は、交換しやすい部品構造になっていることです。30年前の経験ではガスケットがアスファルトシートでハガすのに手間がかかり、綺麗にはがさないと、水漏れの原因になってしまいます。 しかし、今の品は、ゴムの品質が高くなったのは、ゴム製のOリングをサクッと交換して終了。 とても簡単。

 同じ事でも、時間を経て行うとまったく別の感想になるものもあります。お寺のイメージも昔と今は激変しているものもありあす。 お寺にあそびにきてみませんか?

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