蓬莱山倶楽部とは

蓬莱山倶楽部とは、 長谷寺の山号を蓬莱山と呼び、長谷寺での講座の企画、運営を行う倶楽部です。


 

なぜ、蓬莱山倶楽部を作ることにしたのか?

 

 僧が雲水(雲の如く水の如し)と言われる時、修行道場で勉学に励み多くの山、川、村々、国々をわたりあるき、多くの見識と智慧を習得し、修行の可否を確認する法戦式を行い、多くの住職からの問答をすべて論破し、認められて初めて住職となる資格を有します。

 住職は、その地に住むことにより人々の苦楽を薄め、安楽とはなにかを伝え、より良い農業の方法があれはそれを広め、食料の保存方法として良い調理方法があれば、それを伝え(たくわん和尚は有名)日常生活の改善を(「お歯黒」から「歯磨き」へ)を薦めたりと、先行する地域の技術をを伝えるための施設が寺院の役割でした。

 多くの人々へ伝えるためには、広い部屋が必要であり現在の大きな寺院の形となりました。今はその代わりとして、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、各種専門学校など、多岐にわたる教育施設があり、お寺本来の用途からはずれ、もっぱら ご供養専用の施設へとかわりつつあります。

 時代の流れとは言え、教育施設ができたのも、仏教の歴史から言えば最近のことであり、多くの住職が学校の先生を兼務していたことをご存知の方も多いと思います。実際、私の両親も高校の教師をしながら寺院の復興をしていました。

 私の信ずる寺院の本来は教育施設です。ご供養は、人間本来もちあわせている感謝の気持ちを表す方法のひとつです。あの人の「こころざし」、「生きざま」「悩んだ時の対処法」などを再確認することも、ご供養の重要な役割なのです。「より良く生きてもらいたい」それは、先行く人たちの切なる願いでもあります。

 住職として、この長谷寺を勤めさせていただいており、多くの勉学を通し、又は資格という形での勉強もしていますが、すべてを網羅することなど勿論できません。その道を先に進んた方から、その道を教えていただく、それが、初めの寺子屋の始まりであり、学校などで専門の講師がが指導するのと同じですね。

 多くの方が講師をしていただくこと。これは、その方の生き様を伝えることでもあり、後世への引継ぎでもあります。この身体、だれしもが、返さねばならぬ身体です。とても小さなことで、知らぬ人にとっては、ものすごい先輩なのです。

 伝え残している小さなこと、小学生で鉛筆をカッターで削ること、マッチで薪に火をつけること、箸の使い方 読み書きそろばん。味噌汁のつくりかたなどなど。

 あなたには簡単なこと、他の人には難しいこと、たくさんあります。それを寺子屋として、先生をしていただく。初めての先生により多くの講座をしていただきたい。そのためにお寺の敷居を低くしたいと考えたのです。

 蓬莱山倶楽部は、無宗教だとか、檀家だとか、信徒だとか、曹洞宗だとか、臨済宗だとか、キリスト教だとか、神教だとかを、多くのしがらみを取り除いて、自分だから伝えられることを、伝える場を提供するために、つくりました。

 これは、今まで寄付金などを檀家さんや信徒さんに、寄進していただいたことがないからできることでもあり、特別なことなのかもしれません。

 より多くの方に倶楽部に参加していただき、はじめは体験、そして、小さな先生をはじめていただきたい。命があるからできること。あなたは、きっと 輝ける。

 

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