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解脱の道

善きひとよ、こころが満たされ静かで広大で深い海のような教えの前で、これに迷う者は永くおちぶれてしまうが、これを納得する者は、この場で悩みや迷いから抜け出すことができる。

悩みや迷いから抜ける為の努力を続けていれば、かならず出家の道にたどり着く。先輩僧侶は皆、同じく門を通った時、悩みから離れた。

本当の事で疑う必要はない。身と心を一つにして歩むには出家が一番で、髪を切る事で欲の元を断つことが出来て、本来の自分が現れてくる。衣服を換えれば世間での悩みからも抜ける。抜ける事ができれば、思うままになれる。

 過去現在未来の僧侶だれもが、普通の生活では、悩みから抜けることが出来なかった。先輩だれもが出家をした。だからこそ、善き行いの中でも出家は、凄く善い事なのです。

 例えば立派な寺を建てた功徳と出家を比べれば百分の一にもならない。長い月日で見れば寺は壊れて無くなってしまうが、出家は幸せを深めることができて、生まれ変わってもその徳を失わない。もちろんその身体でどこまでも行くことができる。さとれなかったとしても、本当にお釈迦様の子どもなのだから、どこの世界にいても貴重な人なのです。どんな身体で生まれ変わっても、格別な命のままである。

 考えてもみなさい、グルグルと生まれ変わり悩み続ける日々が終わり、本当の幸せの中に入ることができる。それまでの間、出家した後は誰からもさしずされることもなく、誰からも文句を言われることもない。障害になるモノは無く悩むこともない。見聞きすることはすべてたくさんの福となり、親族が生まれ変わっても必ず幸せになる。

仏教にはその昔からこんな言葉がある。

流転三界中、恩愛不能断、棄恩入無為、真実報恩者 と。 あなたは、両親に命という徳をいただいた事を、感謝しながらも、それを超えて、自分とか他人とか、分け隔てることなく ありがとうの心で接しなさい。この国に、土に、水に、樹木に、ありがとうの気持ちをもって、仏の教えそのままに受け答えをしていきなさい。

 これが、迷いの世界から離れて仏門に入るということであり、今までの生活と異なるということなのです。

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