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わからない

夜、思いをめぐらした。

「これがあれば、これがある。これが生ずれば、これが生ずる。すなわち 無明に縁って行がある。行に縁って識がある。識によって名色がある。名色に縁って六入がある。六入に縁って触がある。触によって受がある。受に縁って愛がある。愛に縁って取がある。取に縁って有がある。有によって生がある。生に縁って老死・憂・悲・苦・悩・絶望がある。この苦の集積のおこりは、かくのごとくである。」

 

HPを書くためにも 改めて考えた。

これがあれば、これがある。これが生ずれば、これが生ずる。

「わからない事」があるから「なやん」で、「なやむから意識」する。意識とは感じはじめることで、眼耳鼻舌身そして心で、見たり、聞いたり、匂いを嗅いだり、味わったり、触ったり、考えたりすることで「わからない事にふれる」ことです。「ふれる(さわる)」ということは、実感することで実感すると興味がわくから欲しくなる。持つってしまうと、古くなったり、壊れたり死んだり、落ち込んだり、苦しんだりして、悩む。

わからないと悩むのではなくて、その理由を素直に感じること。

その方法を わかりやすく 伝えたのが仏教。

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