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善とは何か?

おしゃかさまが80歳で入滅する時、話された。

「私は29歳で善を求めて出家し、ここに50年余となった」と語っている。35歳で仏となった釈尊であるから、その時以来、善を求めて求道生活を必要とするはずはなかったであろう。それにもかかわらず、仏となる以前も仏となった以後も、生涯かけて「善とは何か」を探求しつづけたのである。

 聖徳太子の解釈によると、修行の結果得られた善(善根)は、あらかじめ果報を期待して得られたものであるから、なんらの果報も求めず、ひたすら身に修めていこうとする善(習善)にくらべて、はるかにも劣るものであると 説明をした。

 


 

 駄菓子菓子 修行を行じないよりは、はるかに善きことである。(と住職は思う)

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