お寺、寺院、水子、神奈川県、長谷寺、歴史、写経、紫陽花、祈願、供養、 歴史、壷月、

ホームページからのごあいさつ

長谷寺(ちょうこくじ)住職の加藤英宗です。3回の焼失のため永く、

本堂をたてることができませんでしたが、 
 あらたに寺院を建設でき、心がおちつきましたので
今回、ホームページを作ることができました。 
 
  「からだ」を休める施設は世の中に多いのですが
 「こころ」を休める施設は以外と少ないのが現状だと思います。
 
このお寺は、「こころ」という見えなくて、繊細で、あとまわし 
にしがちな ところに 光をあて、
不安は何なのか? 
その為にはなにができるのか?
を中心にしてあゆんでまいります。
 
施術で 体をととのえ、ゆがみを 正し
坐禅で こころを みつめ
問答で なやみの基を明らかにして
供養で いのちに感謝し、
昼寝で おおらかな気持ちを取り戻し
作務で こころをみがきます
  
おてらで ひとやすみ してみませんか?
 
住職 加藤英宗

 住職はこんな人
曹洞宗福昌寺の二男として
神奈川県立 厚木病院で仮死状態で生まれ
(あわてて、祖父と同じ名をさずかる)
英数学園(当時幼稚園の認可がまだだった)から
南毛利小学校に5年まで在籍 ちかくに新しく
毛利台小学校ができ、転校 第1期卒業生となる
玉川中学校卒業後、修行の世界へ。師匠とおなじく、愛知県の
豊川稲荷へ。正式名「妙厳寺専門僧堂」 同時に
私立豊川高等学校は夜学が発祥です。夜学は4年間
ほとんど勉強らし勉強をしなかったので、大学は
駒沢短期大学の仏教課へ、そのご ひきつづき
大本山永平寺へ上山 そして、廃寺復興をつとめ
宗教法人取得に7年の歳月がかかり、現在にいたる。
  
趣味 資格をとること(学生時代に勉強しなかった反動か?)
    普通自動車免許にはじまり、
    大型二輪免許を試験場で5回失格となり ついで受験した
    大型免許に引き続き
    牽引免許取得(バックの車庫入れが難しい)
    大型特殊免許 ついには、なんのことやら
    大型特殊二種免許まで取得。
    (当時いかに、大型二輪免許がむずかしかったか・・)
    4級ですが、アマチュア無線技師免許
    (檀家さんに電柱を譲っていただき、高層アンテナあり)
    調理師免許
    (母親に、「あんたは、結婚できないかも知れないから・・
    とっておきなさい・・」・・って、おいおい)
    4級船舶免許
    (一度も乗らずに4級は消滅。今は2級から?)
    アセチレンガス溶接免許
    (学生時代にサビた車の穴、修理のために取得)
    潜水士
    (レジャー免許は4日かかる。潜水士試験は1日とね?)
    宅地建物取引業
    (は試験だけ合格、免許取得はしてない。。もったいない)
    二級建築士
    (10代の頃、母親に将来の夢をきかれて「大工」って
     言ったら、すごく悲しい顔をしたのを今も思い出す)
    二級土木施工管理技師
    (なにをはじめようと。。。してる?)
    初級カイロプラクイティック士
    (背骨を伸ばすと、坐禅が楽になり、心が早く静まります)
   
    中級カイロプラクティック士
    (より的確に、複合的な理由によるズレを修正する為)
 
    × 4級自動車整備士(受験資格がなかった・・・)
    軽自動車のエンジン脱着、ポイント清掃 光軸、車検
    ブレーキドラムライニングの調整 おてのもの。
    × 初級アドミニストレーター試験(不合格)
    問題用紙を見た瞬間。歯がたちませんでした。
    でもパソコンは、(補助記憶装置として)だいすきです
    × 土地家屋調査士 (今年初受験だがすでに落第決定)
    関数ってなに?。まったくわからん・・・。
       
    中学、高校とバスケットボール部に所属
    1万円で カナディアンカヌーを自作など
    
 将来の夢として、 長谷寺でみんながよりゆっくりできるように
 温泉を掘ることが夢です。千葉県の上総堀を見学にいったり・・
 庫裏の屋上に 露天風呂をつくりたい、、、、。
  
 「やりたいこと。夢の実現のためには、具体的に書くこと。」
 
 ↑こんな私ですから 
 「あなたの夢(どんなに小さくても) 住職が全面的に応援します」
 ごそうだんください。そのかだらをたいせつに。

蓬莱山倶楽部とは

蓬莱山倶楽部とは、 長谷寺の山号を蓬莱山と呼び、長谷寺での講座の企画、運営を行う倶楽部です。


 

なぜ、蓬莱山倶楽部を作ることにしたのか?

 

 僧が雲水(雲の如く水の如し)と言われる時、修行道場で勉学に励み多くの山、川、村々、国々をわたりあるき、多くの見識と智慧を習得し、修行の可否を確認する法戦式を行い、多くの住職からの問答をすべて論破し、認められて初めて住職となる資格を有します。

 住職は、その地に住むことにより人々の苦楽を薄め、安楽とはなにかを伝え、より良い農業の方法があれはそれを広め、食料の保存方法として良い調理方法があれば、それを伝え(たくわん和尚は有名)日常生活の改善を(「お歯黒」から「歯磨き」へ)を薦めたりと、先行する地域の技術をを伝えるための施設が寺院の役割でした。

 多くの人々へ伝えるためには、広い部屋が必要であり現在の大きな寺院の形となりました。今はその代わりとして、小学校、中学校、高等学校、大学、大学院、各種専門学校など、多岐にわたる教育施設があり、お寺本来の用途からはずれ、もっぱら ご供養専用の施設へとかわりつつあります。

 時代の流れとは言え、教育施設ができたのも、仏教の歴史から言えば最近のことであり、多くの住職が学校の先生を兼務していたことをご存知の方も多いと思います。実際、私の両親も高校の教師をしながら寺院の復興をしていました。

 私の信ずる寺院の本来は教育施設です。ご供養は、人間本来もちあわせている感謝の気持ちを表す方法のひとつです。あの人の「こころざし」、「生きざま」「悩んだ時の対処法」などを再確認することも、ご供養の重要な役割なのです。「より良く生きてもらいたい」それは、先行く人たちの切なる願いでもあります。

 住職として、この長谷寺を勤めさせていただいており、多くの勉学を通し、又は資格という形での勉強もしていますが、すべてを網羅することなど勿論できません。その道を先に進んた方から、その道を教えていただく、それが、初めの寺子屋の始まりであり、学校などで専門の講師がが指導するのと同じですね。

 多くの方が講師をしていただくこと。これは、その方の生き様を伝えることでもあり、後世への引継ぎでもあります。この身体、だれしもが、返さねばならぬ身体です。とても小さなことで、知らぬ人にとっては、ものすごい先輩なのです。

 伝え残している小さなこと、小学生で鉛筆をカッターで削ること、マッチで薪に火をつけること、箸の使い方 読み書きそろばん。味噌汁のつくりかたなどなど。

 あなたには簡単なこと、他の人には難しいこと、たくさんあります。それを寺子屋として、先生をしていただく。初めての先生により多くの講座をしていただきたい。そのためにお寺の敷居を低くしたいと考えたのです。

 蓬莱山倶楽部は、無宗教だとか、檀家だとか、信徒だとか、曹洞宗だとか、臨済宗だとか、キリスト教だとか、神教だとかを、多くのしがらみを取り除いて、自分だから伝えられることを、伝える場を提供するために、つくりました。

 これは、今まで寄付金などを檀家さんや信徒さんに、寄進していただいたことがないからできることでもあり、特別なことなのかもしれません。

 より多くの方に倶楽部に参加していただき、はじめは体験、そして、小さな先生をはじめていただきたい。命があるからできること。あなたは、きっと 輝ける。

 

▲このページのトップに戻る