投函開始

ポスティングを開始しました。

まだまだ、長谷寺から半径100mまで到達できません。

が、1時間経過。 目に付くことすこし。

 「空き家」が増え はじめています。(新築は継続増加中) 


2時間経過、 そろそろ 疲れてきた・・)温水エリア配布。

携帯電話不調。修理を依頼しました。

 

社労士

司法書士 試験を合格しても 登録をしなければ 士ではなく

法律的なレクチャーもできないそうです。残念です。

日本の義務教育、または高等教育で必要な法律知識は

やまほどあるのに、その時間はもたれていないそうです。

高校を卒業すると多くの人は大学にいくとしても

アルバイトや就職という、就労に関わる法律に順ずる

仕事につくはずなのに、教育を受けていないので

いわれるままに 給料から搾取されたその意味も対価も

わかっていない。という、いみあいの話をききました 

 

その人が今大切に思っていることは

社労士 だそうです。保険に関わり、労働に関わり

大衆に直結した法律の拾得者が、社労士であると。

 

知らなかった。まったく 目線に入っていませんでした。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%BF%9D%E9%99%BA%E5%8A%B4%E5%8B%99%E5%A3%AB

試験
毎年8月の第4日曜日に実施。
試験の管轄は、かつて国であったが、現在は全国社会保険労務士会連合会が管轄して、社会保険労務士試験センターが試験事務を行っている。受験者数は、昨今の経済不況や資格の認知度の向上等により増加の一途を辿っている。それに加え、銀行業務検定協会が毎年3月の第1日曜日に行う「年金アドバイザー試験(2級、3級、4級が存在。1級は存在せず。)」を社会保険労務士試験の予行演習的試験として位置づけ、当試験を経て社会保険労務士試験に挑む受験者も増加している。
受験資格
  • 大学卒業者、又は大学において62単位以上を修得済みの者
  • 短期大学高等専門学校を卒業した者
  • 修業年限が2年以上、かつ総授業時間数が1,700時間以上の専修学校の専門課程を修了した者
  • 行政書士司法書士などの定められた資格を有する者
  • 労働社会保険諸法令の規定に基づいて設立された法人の常勤役員または従業者として同法令の実施事務に従事した期間が通算して3年以上になる者
  • 厚生労働大臣が認めた国家試験に合格した者
平成22年度試験より、厚生労働大臣が受験資格を認める学校・他の国家資格が拡大された。そのため、司法書士や看護学校卒業者等にも受験資格がある。詳細は外部リンクを参照。

あなたも受験できそうですよ・・。7.2% を狭いと思うか広いと思うか?
http://www.sharosi-siken.or.jp/44jyuken-annai-seikyuPDF.pdf

差是

 

寺族 堂行兼送迎

 

○○時間前 集合。 事前準備を行う

 

大夜

1 殿鐘三会(でんしょうさんえ)

 一会目打ち切り、法堂の準備終了

 二会目打ち切り、大衆入堂

 三回目打ち切り、導師準備完了を合図とする

 

2 七下鐘導師上殿

 中中中中中小大(総持寺式と永平寺式がある)

 

3 拈香法語

 導師位にて香を薫じた後 法語を読んだ後 進前焼香 (大衆は立位のまま) 

 

4 献 蜜湯

 焼香後そのままの位にて、蜜湯を5人で訓じてから 差し上げる。

 蜜湯を置いて導師 焼香の後、低頭で大磬○ △△(着座手磬) ○ ○ ×

 

5 読経(仏遺教経)

 読経中 親族廻し焼香 屋外は焼香開始

 

6 回向 帰寂諷経

 上来、香華灯燭、蜜湯を供え、諷経する功徳は、新帰寂○○覚霊の為にし奉り、覚位を増崇せんことを

 〇 十方三世一切仏 ○ 諸尊菩薩摩訶薩 摩訶般若(〇)波(×)羅(ボク)蜜

 今回は じゃ の み の打ち方で 行う。

 

7 読経(大悲咒)

 

8 回向 入龕諷経

 上来、諷経する功徳は、新帰寂〇〇に回向す。伏して願わくは、入龕の次いで、覚位を増崇せんことを

 〇 十方三世一切仏 ○ 諸尊菩薩摩訶薩 摩訶般若(〇)波羅蜜(×

 

9 大夜念誦

 身は禅苑を護り、一切の功徳を具え、心は願行に住し、慈眼をもって衆生を視たもう

 切に以れば、生死交謝し寒暑互いに遷る。其の来るや電長空に激し、其の去るや波大海に停まる。

 是の日即新帰寂〇〇有って、生縁己に尽きて大命俄かに落つ。諸行の無常なること了って、寂滅を以って楽と為す。恭しく現前の清衆を集め、謹んで諸聖の洪名を誦す。集むる所の鴻福は、覚路を莊厳す。仰いで清衆を憑んで念ず。

 

10 十仏名 (磬子にて 合わす)じゃのみ。

 

11 回向 

 上来、念誦する功徳は、新帰寂〇〇覚霊に回向し、覚位を増崇せんことを

 〇 十方(起立)三世一切仏 ○ 諸尊菩薩摩訶薩 (〇)摩訶般若波羅蜜

12 散堂

 

 

 

 

 

葬 儀  〇〇時間前 集合 事前準備を行う

 

 

1 殿鐘三会(でんしょうさんえ)

 一会目打ち切り、法堂の準備終了

 二会目打ち切り、大衆入堂

 三回目打ち切り、導師準備完了を合図とする

 

2 七下鐘仏事師上殿

 中中中中中小大

 三人が位に着き坐ってから、着座手磬を入れ、おもむろに「ガツ」

 

3 挙龕念誦

 霊龕を挙して荼毘の盛礼に赴かんと欲す。仰いで清衆を憑んで諸聖の洪名を誦す。はんいを用表して、上み覚路を資助して念ず。(ガツ)

 

4、大宝桜閣善住秘密根本陀羅尼(三編)

 

5 鼓鈑三通 

 

6 奠湯佛事

 

7 奠茶佛事

 

8 下炬佛事  佛事終わって松明が裏に戻った時に 堂行「ガツ」を入れる

 

9 山頭念誦 (親族 廻焼香 、屋外一般焼香開始)

 是の日即ち新帰寂〇〇有って、既に縁に随って寂滅す。即ち法に依って荼毘す。百年救世の身を焚いて、一路涅槃の径に入らしむ。仰いて清衆を清衆を憑んで念〜ず「ケーン」

 

10 十佛名 最後の波羅蜜で「ガツ」

 

11 回向 

 上来、聖号を称揚し覚霊を資助す。唯だ願わくは、慧鏡輝きを分かち、真風彩を散ず。菩提園裡に覚意の華を開敷し、法性海中に無垢の波を活動す。茶三奠を傾け、香一炉に焚き、雲程に奉薦し聖衆を和南す。「ガツ」

 

12 読経 (修証義 1と2)行道なし 両班廻し焼香)

 親族廻し焼香 屋外焼香開始

 

13 回向 

 上来、念誦諷経する功徳は、新帰寂〇〇覚霊に回向す。伏して願わくは当山護持の功に報い、寺灯照輝の徳に謝し荼毘の次いで、覚位を増崇せんことを 

 

〇 十方(起立)三世一切仏 ○ 諸尊菩薩摩訶薩 (〇)摩訶般若波羅蜜

 

14 鼓鈑三通

 

15 弔辞(総代1名)弔電奉読 その後  起立手鐘を入れ、導師退堂

 

16 散堂 導師退堂後に散堂手鐘後 散堂

 


しゃろうしとは?

参加希望

カヌー1.jpg

 

第12回カヌーマラソンIN丹沢湖

http://www.town.yamakita.kanagawa.jp/contents_detail.php?co=tpc&frmId=1270

 

5年ごしの念願がかないそうです。 申込期間の短い イベントのひとつです。

(本気で、修理しなきゃ、丹沢湖で10キロ・・・いや、5キロ 保たない・・?)

この船は、建築士取得のキッカケになった品です。

 

素材は4ミリの合板、ホームセンターで7枚購入(1枚1000円ほど・・)

塗料はペンキ(多少耐久性のあるもの=価格相応)

接着剤はボンド(高級品は高性能ですが、今回は極低価格品(←危険))

で造ると、1万円で 全長5メートルのカナディアンカヌーが作れます・・

 

ライフジャケットは なぜか、7枚もある(定員は大人2名です)

使用する艇は自分の艇に限られますが、

浮力体はビーチボール可という お気楽度満載の開催要項。

今回念願でありました 競技に参加ができそうです。


オフロードバイクでエンデューロレース 7時間耐久に1人で参加した時より楽だろうし

ほぼ練習なしで、フルマラソン出たときにくらべれば、距離も短いから・・。

修行僧のことを雲水といいますが、

今は船舶免許を持つ潜水士の住職です。

  ( ↑ 共に 未使用 ↑ )

調合

バラの色を作る工程ですが、長く生徒さんをしていると

色の調合を自分で行うことになります。

調合3.jpg

たくさんの色から、

調合2.jpg

2色をとりだして

調合.jpg

自分で調合しています。

それにボルドーという色をいれて微調整(は、華仙先生が・・)

調合4.jpg

液体のままでは定着した時の色がわからないので

確認作業をします。

布に色を差して、早く乾燥させるために電気コンロで

あぶります。乾燥した時の色が本当の色ですので

これを何回も繰り返し、淡い色と 濃い色を作ります。

決して妥協は許しません。


なお、先生は、高島屋の上品会に 出品するための作品を

オーダーされ、現在フルパワーの 一品を 製作中だそうです。

http://digital.asahi.com/articles/TKY201112080348.html

上品会 ← なんてよむの?

あばしり

あばしり.jpg

上のおにいちゃんが、持ってきたパンフレットです。

「申し込んでおいて〜」と言い残して学校に行きました。


実はこれ、私、第二回目に、引率の先生として参加しております。

ええ、教師でもなく、教育委員会でもなく、市役所の方でもなく 

ボランティアの枠で、いってきました。

その当時、4日間かけて小学生を8人担当して 北海道に行く 先生役の大人は

なかなか、集まらなかったんですねぇ。

第一回目で、引率の先生はかなり大変だぁ。というふれこみのために・・・。

ま、実際大変でしたけども。とても楽しく過ごすことができました。

 

一番記憶に残っているのは、

72人の多感な小学生の半分は始めての飛行機であり、

調子にのっていることもあって、

離陸の最に

「お ち る 〜」

の大合唱!!

 

 一般の人も乗っていますし、引率の先生として、落ち着かせるにも、シートベルトで身動きがとれないし、それはそれは、一発目から、どうなることやら・・・。という感じでした。

 

 もしも、この画面を引率する先生役の方が見てましたらば、テントの設営だけは、事前に練習しておいてください。

(あのときは、理解している先生が1人しかおらず、かなり大変なことになりました)

なるべく子どもたちに設営の経験をさせてあげてくださいね。

( ↑ 写真では大人がやってる?)

 

業務連絡

HP設定を変更しました。

右側の 月別ページ一覧を 5列から 10列に変更しました。

お寺でやりたいこと

http://www.youtube.com/watch?v=_wCgg_LY7tU

 

 ↑ コレを手作りしたいです。

これをお寺でやりたいです。

 

それだけ のために、長崎に いきたいです。

 


http://ggsoku.com/2012/03/projection-mapping/

岩手県

ちょっと、用があって、岩手県に行ってきました。

電車を乗り継ぎ 北上駅までいってきました。

よくよく調べると、本厚木と岩手県の北上駅はバス路線でつながっています。意外と近く感じます。ま、今回は、空席がありませんでしたので、新幹線でいってきました。ええ、日帰りです。岩手県と神奈川県でなんかちがうものはないか?とうろうろした結果。発見したのが・・・。

信号機.jpg

信号機が 「薄い」 んです。 最新型のLED式の信号機。

豪雪対策のため傾いて設置されていますね。

 

私、3年前に、信号機の組み立ての担当になってほしいと言われたことが

あったのですが、辞退しました。当時は旧式の電球式だったのですが、

とにかく、デカイ。さらに、緊急時は、無条件で現場に出動が義務という

お仕事でした。(事故復旧最優先とするため)お寺が最優先です・・。

 

今回、重要な案件で、岩手県にいってきました。

直接お話をしなければ、ということで

ほぼ、手ぶらで、作務衣でいってきました

すでに、田植えが終わっていました。

 


反・幸福論は、哲学的な専門用語が出てきます。

知識外の用語があるだけで、これほどまでに

読みづらいものかと、あらためて実感しています。

仏教用語も同じで、いかに読みやすく、伝わりやすく

書き込むことを このブロクではこころがけております。

よって、クドイ という表現になることもしばしばですが

よろしければ おつきあいください。

 

反・幸福論

反幸福論.jpg

京都大学 の先生の書籍。

日本の伝統的精神の中には、人の幸福などはかないものだ。という考えがありました。現世的で世俗的で利己的な幸福を捨てるところに真の幸せがある、というような思考がありました。それがすべていいとは思いませんが、かつての日本人がどうしてそのように考えたのか、そのことも思いだしてみたいです。

(裏表紙のオビ より)

 

ねずみ講

有志により、

長谷寺主催の旅行の企画が進行しております。

目的地は、ディズニーランド。

 

発起は、「オリエンタルランドマスター」とも言うべき方が

プリザーブドフラワーの生徒さんにおられまして

「では、いきましょうか?」

ということになりました。 

今回講師の先生をつとめていただきます方の 日程が第一優先され、火曜日の開催です。さらに、おてらの都合もあり、9月の11日又は 18日のハロウィン開催時期となりそうです。

 

ざっくり、

朝 8時 長谷寺 をマイクロバスで出発 

夜10時 長谷寺 到着。という雰囲気で進んでおります。

現在21人 エントリイ予定。


ディズニーランドは様々な面で、すばらしく、何度行っても、新たな発見がありますね。

長谷寺も参考にさせていただいております。

 

マクドナルドの遊技場の安全対策は世界最高ランクで、とても勉強になりますし、ディズニーランドの設備、動線、スタッフ、補修、あらゆるものが勉強になります。(建築士としては安全面に目が行きます)

(アトラクションに乗らなくても、とても勉強できますよ)

 

料金は、実費の分担で検討中。


その前に東京スカイツリーの研修が先かもしれません。

バス停

爆弾低気圧で街路樹から大量の葉っぱが道路に散乱したので

次の日に、道路を掃除していると・・・・。

 

「昔、バス停の掃除してたでしょ?」

と、いきなり言われて どきどきしていると

「7年くらい前かな?あのとき、声をかけられなかったんだ」

と初老の男性に話かけられました。

「ボクは、はずかしいから、毎朝4時にバス停の清掃をやっているんだ」 と、

わたしもそうでしたが 「かっこつけやがって」と思われるのがイヤでした。

あの時に、この場所を掃除してくれている方がおられるのを感じて、掃除を遠慮しました。その方と直接話ができてほんとうによかったです。 7年の歳月、私は、なにをやっていたか?その方は、毎日掃除をかかさず今も続けていらっしゃいます。

「いまでは、バス停利用者も キレイにつかってくれるよ」

ということです。

毎朝御苦労さま。そしてありがとう。 こういう人目につかない大切な活動をしている方を表彰することを目的にそのむかしボランティアネットワークフェスタを開催したことがありました。

http://d.hatena.ne.jp/wahei36/20061127

( ↑ この時、赤いチップをブチまいたのは私です・・・)がはは。

 

わたしたちは、人目につかず努力している人に感謝するべきで

人目につかづとも、努力することがより大切で、

自分は ラクをしてはいないか? 

 

人生の職人になろう。

 

心をみがこう

こころざしを磨き、その志のひきつぎを行う

その現場を通夜と言い、しっかり受け止めていただくための

コーディネートを行うのが住職のやくわりです。

 

坐禅で悩みの相談

本日 夜坐がありました。

5名の方と 坐禅をさせていただいたのですが、

その後 悩みの相談をいたしました。

ええ、

参禅にきてくださった方の悩みではなく

住職からの相談です。

もちろん

詳しいことは、いえないのですが、 

前進か、一旦停止か、という相談をしました。

けっか、前進することとにしました。

 

あ の ね え

 

住職だって、悩むのよ。前進するには、

大胆に考えて

実行に移す時には

繊細にものごとを考える。

 


さて、坐禅の最中、どのようなことを考えていたか?

という質問になりまして、

 

先に亡くなった人たちと、会話していました

という方や

悩みにどっぷりつかっていたひと

きもち良く眠れたひと(笑)

も おられまして。

楽しく会話をいたしました。

 

どんどん、坐禅の時間が短くなっているような・・

午後7時から 午後9時までなのに

おはなししている時間の方が長かったり。

 

すこしでも、自分と向き合える時間を

じっくりととること。

 

どこででも、できることですが、なかなかできない こと。

 

次回は、 5月24日 午後7時からです。

ポスター

現在、東日本大震災による福島第一原子力発電所事故に伴う電力不足が全国的に心配されておりますが、このことを受け、「ものを大切にする・人を思いやる」という禅の生活の観点から節電を呼びかけるポスターが作成されました。

杓底の.jpg

http://www.sotozen-net.or.jp/syumucyo/j20110803.html

 

休憩処を拡大

休憩処001.jpg

休憩処を拡大しました。

というよりも、レイアウトを変更し、

足の不自由な方も楽に坐れるように

いたしました。テーブルがなくなると困るので

1台追加して、3台体制としましたので

ちょっと拡大。そして、春と夏の あいだ なので

お茶も、

温かいのみものと

冷たいのみものを  ごよういいたしました。 

セルフサービスです。

年齢があがると、トイレの関係もあって、水分の摂取を控える傾向にあるそうです。

老廃物を出すという観点からも、なるべく 水分は 確実にとってください。

プール

ゴールデンウイークと世間ではいわれていますが、

わが家では、外出の予定がまったくありませんが、

子ども3人と一緒に遊ぶ企画として

市民プールにいってきました。 が、昼を過ぎたらイモ洗い

の混みようで、退散してきました。

反 幸福論

朝日新聞5月3日01.jpg

僧侶の すべきこと

住職の すべきこと

しっかり やりなさい

と 読みました。

「反 幸福論」 書籍を取り寄せてみます。

朝日新聞 5月3日付より。

 

 

 

受戒

本日、受戒を、お二人に致しました。(葬儀ではありません)

あらためて、お受戒を考えると、旧来の作法では伝わらないということ。

口語文でしっかりわかるように、伝え、理解でき、実行できるよう

以後のフォローとして、書面にて、読み返すことのできるものが必要と

実感しました。

より良く 生きる みちしるべ 釈迦の説いた 生き方を。

現代に伝えるのが 住職の 役目。

不安を不安でなくなる。ということ。


 

戒を授(さず)かるということ

 

仏弟子になることで得度と言います。儀式には出家得度と、在家得度があり、「度」とは「渡たる」ということで、身と口と心を清めて清浄な身と心で、仏弟子となる。まずはじめに髪の毛を剃り落とす儀式をしますが、その前に唱える偈文が

「流転三界中 恩愛不能断 棄恩入無為 真実報恩者」

 この娑婆世界を生きていくには、親の恩や肉親の愛情など、どうしても断つことのできない絆やしがらみがあります。しかし、その断ちがたい恩愛を棄てて、「無為」に入るのが真実の「報恩者」だということ。

 「有為」は「因縁によって生じた一切のもの」と言うことですので、逆の「無為」とは「因果の関係を離れ、生滅変化しないもの」ということです。変わらぬ仏の教えの中で修行することにより、永遠の安楽を得る、ということが「得度」の意味です。

 

 あごひげや、髪を剃り落とし、煩悩をはなれて、命あるものすべてが、このうえなき安らぎを得ることを、今まさに願う。そのための偈文

「剃除鬚髪 当願衆生 永離煩悩 究竟寂滅」

 

 これから「あなたの氏名」、仏の戒を受けるならば、まずはじめに自分の過ちを考え改めなければならない。それにはお釈迦さまから代々守られ伝えられてきた言葉がある。犯した罪や過ちを繰り返さぬよう、私の言葉に従ってこれを唱えなさい。

 「我昔所造諸悪業 皆由無始貪瞋癡 従身口意之所生 一切我今皆懺悔」

私が今まで造ってきた様々な悪業は、すべて「むさぼりの心」、「怒りの心」、「執着の心」の愚かさの為でした。今ここに、身と口と心のあやまちを悔い改めます。そして清らかで多いなる境地に身を置きます。

 ひきつづき「洒水」しゃすい を行い この場を清めます。


口述文とすることは、かなり時間がかかり、 さわりだけ 訳を 掲載します。

布教師

2等布教師.jpg

寺院関係での ひさしぶりの資格です。

二等という いわば 「初級」にあたりますが

布教師を任命していただきました。

 

管長と書いてある 福山諦法 老師は

現在永平寺のトップとして、法務を続けておられ、

雲の上の存在ではありますが、

 

私が最初に行った修行道場の住職さんでした。

とても 親しみがあり、管長が諦法老師の時に

任命いただいたことがとてもうれしい です。


なお6月3日に予定していた、

第二種電気工事士の試験は、後期に移していただきました。

(ので、まだまだぜんぜん勉強していません・・・。)

岩手県

岩手県より お電話ありがとうございます。

現在、各種手続きへの 確認作業をしております。

(夜に電話するね~)

入力装置

新キーボード.jpg

寺院としては、パソコンへの文字入力が多い、お寺です。

パソコンはノートパソコンを使っているのですが、

キーボードが手に合わず、昔、付属でついてきた

DELLのキーボードを1年つかってたのですが、

なにぶんにも硬いんです。

大量の入力で指が痛くなってきたので、

今回購入したのが、エルゴノミック キーボード。

湾曲していて、人間工学をとりいれた装置で、

10年前はこの分野も多くの種類があったのですが

激減。低価格で継続していたのが

マイクロソフトでした。 (マックでも使えます)

使用感は、キーのタッチがとてもソフトで 打音も少なく

肌触りも良好。後は、継続使用することで、指が、場所を覚えます。


目下研究中なのが、オーラルヒストリー

簡単に言えば聞き書きです。

そのためにも、快適な入力を

http://www.microsoft.com/japan/hardware/keyboard/natural_ergonomic4000.mspx

困ったときは

500枚.jpg

普通のプリンターで印刷を始めてしまいました。

500枚の印刷が終了し 2回目の500枚印刷中です。

リソグラブだと 速いのですが、今回は間違えて

あと、50分です。(インクは笑えるほど消費中)


エプソンEP804Aは150分連続運転中ですが、ズレも異音もなく

とても完成された製品です(が、インク代を考えるとお勧めできない・・)。

水無月のつどい

6月9日(土)感謝をこめて、「おもちつき」を開催いたします。

ぜひたのしみましょう。おこしくださいませ。

水無月02.jpg

水無月のつどい01.pdf

 


と、いうチラシを作るのに、臼を撮影してみたり、

こどもがもちをついている画を撮ってみたりしたのですが

いまひとつということで却下。ボツの写真でございます。。。

もち001.jpgもち002.jpg

水無月とは 6月をあらわしているのですが、調べてみましたら

田に水を入れる時期。その水田の中に月が映っているという

風流な表現。

雨季なのに、雨乞いをしているわけでは ないんですね。

ぼたん

小さいお寺ですが、

皆様から いただき、想いがこもった植物が多くあります。

今回はその中で、今、いちばんのデカさを誇っている

ボタン.jpg

ボタンについて、書きます。

 

お寺の真後ろが駐車場になっています。

最高でも30台、普通に停めると25台ほど

その駐車場には、花壇があります。

桜、桃、アジサイ、そして 牡丹(ぼたん)

美しくさきほこり、優雅で豪華な花びらには

おもわず足を止めてしまいます。

春から、夏へと・・・。その前に梅雨ですね。

 

人生を精一杯!!

寺報の原案

 

曹洞宗の教え

 

 曹洞宗は仏教の開祖・お釈迦さまをご本尊とした禅宗の1つです。

 お釈迦さまの教えは、遥か二千五百年前から幾世代を経て多くの祖師方によって受け継がれてくるなかで、さまざまな形に変化を遂げてきました。しかし、その源流は、お釈迦さまがお悟りを開かれてから四十五年間、お亡くなりになるまでの全生涯をかけて説かれたところにあります。曹洞宗はそのお釈迦さまの一生の歩みを慕い、菩提樹の下で坐禅瞑想をされてお悟りを開かれたことをもって、坐禅の実践を教えの中心としています。

 この坐禅を中心とした仏教を日本へお伝えになられた道元禅師を高祖さま、またさらに各地へとひろめる基盤をつくられた瑩山禅師を太祖さまとお呼びし、曹洞宗の両祖としてお慕いします。そして、ご本尊であるお釈迦さま(釈迦牟尼仏)とともに一仏両祖として礼拝いたします。私たちは、この一仏両祖のみ教えを学び実践していくのです。

 その実践のよりどころとなるのが「仏・法・僧」の三つの宝といわれるものです。(三宝)

 仏宝とは「お釈迦さま」のことです。私たちが今こうして仏教と出会い生活を続けていられるのは、お釈迦さまがその一生のすべてをかけて伝道なされてたおかげなのです。お釈迦さまへの感謝、そして今こうしてお釈迦さまの教えに出会えたことに感謝すること、それが帰依仏です。仏宝、つまりお釈迦さまは私たちの信仰のよりどころであります。

 法宝とは、「お釈迦さまが一生をかけてお説きになられた教え」のことです。その教えは、つきつめていえば人間として生を受けた私たちがどう生きていくべきか、という問いに対する答えです。それは、自分一人の力で存在するものなど何一つなく、多くの人やものに支えられて生きていることに目覚め、そのおかけで生かされているということに気づき、感謝し、一日一日を大切に生きることです。

 私たちの命と、それをとりまくすべてものが「縁りて起こる(よりておこる)」存在であること、この教えを「縁起」といいます。すべてのものは、お互いの関わり合いの中で生まれ、そして消えていきます。生老病死は、ごく自然ないのちの営みであり、真実の姿なのです。その中で、私たちは、多くの人やもの、それらのいのちに支えられ関わり合い、その中で生かされているのです。

 どんな惜しんでも時間は飛ぶように過ぎ去り、どんなに熱心に願っていても物事が変わらないことはありません。すべてが「無常」なのです。しかし、私たちは、生かされているこの命のありがたさに気づかず、自分中心の考え方やわがまま勝手な生活をして、「思うようにならないこと」を思い通りにしようとします。そんな考えこそがさまざまは苦しみの原因になっているのです。

 お釈迦さまは、次のような言葉を残されています。

 「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を続けなさい」

 私たちはつい、縁起なる存在であることを忘れ、目の前に物事に振り回されがちです。このお釈迦さまの言葉を忘れず、流されることなく教えをよりどころとし、日々の生活を続けることが大切なのです。

 僧宝とは、「お釈迦さまの教えをともに学びあうものの集団(サンガ)」のことです。自分が関わり合いの中で生きていることを実感する場でもあります。ともに仏法を学び実践していくことで、自分勝手を抑え、共感できることで相手のことを思いやる慈悲の心がめばえてくるでしょう。感謝のかなで相手を思いやり、生きていくというサンガの中でこそ、いのちの尊さへの気づきも生まれてくることでしょう。

 お釈迦さまの教えを新寺、そのみ教えにしたがって歩んでいくこと、すなわち仏道の実践を曹洞宗では坐禅に求めています。仏道の実践、それはまず世の中を正しく、ありのままに見る眼、つまり、大いなる智慧をもつことです。

 私たちは、生活の中で、ともすれば物事の表面の姿かたちにとらわれ、好き嫌いや損得といった価値感に惑わされてしまいます。こうした中で、実は「智慧」の眼はすっかり曇ってしまっているのです。

 坐禅は、作法に従い、ただ坐ります。社会的に自分を飾ってくれていたものなどからすっかり引き離され、いのちある一個の人間として坐禅をするのです。その時にこそ、縁起なる自分、生かされているいのちに気づく智慧の眼が現れてくるでしょう。

 お釈迦さまは菩提樹の下での坐禅瞑想で、この智慧の眼を開かれたのです。そして、道元禅師は、お釈迦さまの正しい教えを「正法眼蔵」にまとめられ「只管打坐(しかんたざ=ただひたすら坐ること)」を智慧の眼を開く行として伝えておられるのです。

 お釈迦さまは、お悟りを開かれて苦しみの解決法を見出し、そして多くの人々を救おうと決意され、生涯をかけて伝道を展開されました。その中でたくさんの弟子を育てられ、そうて世界中へと伝わったのです。

 道元禅師によって伝えられたお釈迦さまの正伝の仏法は、瑩山禅師によって全国へ伝わる基盤、すなわち人々の身近なよりどころ(安心行)として、日本各地へひろがっていきました。

 一仏両祖のご生涯を通して私たちは曹洞宗の教えを学ぶことができます。いつでも一仏両祖の教えを自覚し、そして実践していくことが、私たちの日々の安らかな生活に結びつくのです。

 

 「曹洞宗宗制」の中に「曹洞宗檀信徒研修会」という規程があります。ここでは曹洞宗の信仰をどのように学んでいったらいいのか、が具体的に解説されています。

 「曹洞宗の教えを学び、信仰を深める場を提供し、そこから学んだ成果をみなさんが、仲間と共にそれぞれの日常生活の中で生かし具体的に実践していただけるようなきっかけとなる内容を研修します。」

 この研修会には、2種類あります。その一つは、大本山を会場に開催されるものです。もうひとつは大本山以外で会場を定め開催される研修会です。

 この研修会を受講するにあたって、3つの心構えをお教えしましょう。

1 信仰に目覚めること 

2 観光に学ぶこと

3 友好を深めること の3つです。

 

「信仰に目覚める」というのは、曹洞宗の教えを確認していただくこと、と言い換えてもよいでしょう。特に大本山を会場とする研修会では、修行道場の教育システムの中にあなたご自身が参加していただけるのです。

 つまり、両祖さまの教えが具体的にはどのような場所で説かれたのか、その教えを実践していくということは、どんな意味をもっているのかを体験していただくことが目的です。

 修行道場は、けっして僧侶ばかりを対象にするのではなく曹洞宗の信仰をもつみなさんには、いつでも開放されていることを忘れないでください。

 「観光に学ぶ」というのは、一般でいう「どこかへ旅行へ行って見学をする」ことばかりではありません。「光」とは、お釈迦さまの悟った心理を道元禅師・瑩山禅師が脈々と伝えてきた内容をたとえたものと考えてください。

 そして、それは、星が何万光年を経て私たちの肉眼でその明るさを確認することができるように、お釈迦さまや両祖さまの教えを具体的なみなさん自身の生活の中から、捉え、反省していただきたいのです。この心が「観」なのです。教え(光)に出会い、自分自身を謙虚に振り返る(観)ことが、みなさんの信仰をさらに深める学びの場に他ならないということを自覚して参加してください。

 

お寺の使命

 

1 寺院のはたらきと役割

 

「お寺って何をするところですか?」と聞かれたとき、みなさんはどうお答えになりますか?

 一般的に寺院には、仏さまが祀られていて、お坊さんがいて、お経を読んだり、お葬式や法事をする場所だ、ととらえられていると思います。

 もちろん、この考え方も間違いはありませんが、肝心なことは寺院が仏教の教えを実践しその教えを世の中にひろめ、後世に伝えていくための施設であるということです。それゆえおおくの人々に開放される公の場所という意味から「公界の道場」とも呼ばれます。

 テレビにチャンネルがあるように、寺院には関わりを持つ人々との接点に応じて、いくつかの役割があるといえるでしょう。寺院を役割の上から見てみると、おおよそ五つの性格に分けられます。

 まず、第一に修行道場としての役割です。インドでは、雨期の期間、仏弟子たちは外出せず、共に過ごす精舎を設け、皆一か所に集まって修行生活を送りました。このことから、修行道場としての役割が寺院の始まりであるとされています。

 修行というと、皆さんは、自分にできない何か特別なことと思われるかもしれませんが、今、自分がみ仏の教えに従って行っているすべては修行であり、現実に生きているところが道場である。ととらえるべきでしょう。

 二つめに、教化道場としてのはたらきがあげられます。「お悟り」を開かれたお釈迦さまが教えを伝えていく中で、精舎がだんだん整えられ、弟子たちが集う講堂が設けられるとお釈迦さまの教えを聞きに一般の人々も集まるようになりました。精舎、すなわち寺院は、教化道場としてのはたらきを持つようになりました。

 現代社会のように、あらゆる分野の情報が溢れ、情報に振り回されている中で、何が仏道を学ぶ上で大切なのかを教え導くのが、教化の場としての寺院の役割です。

 そういう意味では、寺院は、1つの情報発信場所であり、お釈迦さまや両祖さまの教えに出会い、自分自身を照らすことによって、それぞれのなすべきことがはっきりするといえましょう。

 三つめは、礼拝道場としての役割です。お釈迦さまの入滅後、遺体は火葬され、遺骨はお釈迦さまと関係の深かった当時の国々に分配されました。

 その場所には舎利塔が建てられ、同じ教えを学ぶ人々が徳をたたえ、礼拝の対象となりました。

 やがてインドにペルシャの文化が入ってくる頃(紀元後二百三十年頃)お釈迦さまの偉大な徳を形にした仏像が作られ、仏像を祀る寺院には人々が集まり、礼拝の場としての役割を果たすことになったのです。

 「仏祖を仰観すれば一仏祖なり」

 これは、「正法眼蔵「渓声山色」」の巻の一節です。仏さまをよりどころとし、仏さまと共鳴する礼拝ができれば、仏さまとわたしは、一体になっているというのです。

仏さまの前で飾らない自分をしっかり見つめる。そのひたむきな礼拝の姿を仏さまは、じっと見てくれています。そしてこれからの自分の生き方を誓う。それが礼拝です。

 4つ目には、葬祭道場としてのはらたきがあげられます。平安時代の浄土思想の影響により、次第に土葬や火葬をして亡き人を弔い、お墓を作ったり、お骨を霊場に納めたりする習俗がうまれました。同時にお寺では亡き人の供養が行われ、葬祭を執り行う場としてのお寺の働きが求められてきたのです。

 葬儀や法事がお寺のおつとめの中心となっている現実の中で葬祭を単なる儀礼で終わらせず、残された人々の心の救済をも含むグリーフワーク(悲嘆の癒し)と受け止め、悲しみからの立ち直りを手助けする役割を担うことが必要でしょう。

 五つ目は、家族道場としての働きです。僧侶が結婚するようになって100年余りの歳月が流れ、寺院は徒弟(弟子)を養成する場であるとともに、僧侶が生活を営む場ともなりました。

 寺院の生活が一般家庭の生活と違う点には、本堂をはじめとする多くの宗教施設をあずかる責任があること、そこに生活する人々がお釈迦さまや両祖さまの教えを自分自身が咀嚼し、それを檀家や同じ道を歩む仲間に示していくという役割を担っていることがあげられます。

 仏教に関する立場は、住職、寺族、檀家とそれぞれ別であっても、仏教徒であるという点ではみな同じです。同じ目的に向かって歩む仲間があい集い、あい励まし合う場、それがサンガたるお寺のゆえんなのです。

 

 寺院のあるべき姿

 

 お寺は法律上、「宗教法人○○寺」であり、国の法律により法人格を持ったものをいいます。宗教法人としてのお寺の自立性を守る法律を「宗教法人法」といい、この法律は、わが国で宗教法人を対象とした唯一の法律です。

 私たち故人が法律によってその権利を守られているように、お寺が法人格を持つということは、お寺という組織が法律上の能力を与えられるということです。

 それは、第一に、宗教活動をすすめる上において、その活動が保障され、活動の施設として境内地や境内の建物をお寺の財産とできること。第二に土地や建物などに化せられる固定資産税が、本来の宗教活動のために運用される建物や境内地であるかぎりは非課税であるということ、第二に宗教法人が社会的に宗教活動を行うことを保障されるということです。

 お寺が宗教法人になるためには、宗教の教義をひろめる、儀式行事を行う、信者を教化育成するなどの宗教法人としての実態を備えていなければなりません。

 宗教には、日常生活の中でぶつかる悩みや苦しみに対して、いろいろな角度から解決の方向を示してくれるという個人的な側面がある一方、同じ信仰を持った人々が、信仰を絆として形成した宗教集団の形で存在しているという面があります。

 宗教は個人の信仰に関するものですが、個人が信仰を深め、正しい信仰に目覚めていくには、宗団を構成する一員として正しい信仰を受けながら、自らの信仰をふけていくことが必要です。それと同時に、宗団全体の誤字発展に寄与するところに、同じ宗団の中で修行し、共に歩んでいく仲間としての連帯感が得られるのです。

 お寺の布教活動は、人々のニーズと関係しています。つまり、儀式を中心とした先祖まつりや法要などと、集会活動、学習活動などでは、それらの活動に携わる世話役のあり方や運営の方法が違ってきます。こうした活動をより発展させ、充実したものにしていくためには、住職をはじめとするお寺の人々だけが一方的に進めるのではなく、何よりも大切なのは、お檀家さんもリーダーやサブリーダーになり、受身ばかりにならないような姿勢で臨んでほしいということです。

 「自分たちが宗門やお寺に対してどう関わるのか」という意識を持ち、お寺の運営に携わっていただきたいのです。

 

「グリーンプラン」 生命と環境の調和をめざして

 

環境破壊は、人間が日常暮らしている生活のなかからうまれてくるものです。そして、環境破壊の進行を阻止できるのは、ほかでもない人間一人ひとりの意思と願いに委ねられています。

 人間が、これまで大自然を従属させて支配するという思想を覆し従来の発想の一大転換をおこなうこと、つまりすべての生命と共生するための心の転換、価値観の転換が不可欠の条件です。

 宗門が環境問題に取り組む意義として、「環境保全を進める人々の心を支える教化の展開」とし、毎日の生き方のうえでどのようにものを大切にし、環境を守る生活が送れるのか、という生活実践の輪を拡げることを、私たち曹洞宗の環境運動の中心課題としています。

 さらに、「祖先があってこそ現在の自分と未来の子孫がある」という進行基盤から、環境なくして人間も生物もなく同時に祖先なくして自己なしとする縁起的認識に基づいて、各人の自己と環境と祖先を結びつける理念を説いていきます。

 深刻な環境破壊ですが、ひとりひとりができる身近なことから取り組んでいかなくてはなりません。

 毎日の生活のなかで、ちょっとした心がけでできることがたくさんあります。

 1 まわりの樹木、植物を大切に育てましょう。

 2 水の出しっぱなしを止め、調節コマをつけたりして大切に使いましょう。

 3 電気のスイッチはこまめに切りましょう

 4 ゴミは分別分類して出しましょう。

 5 余り物がでない食事を工夫しましょう

 6 風呂の湯を洗濯・掃除・水まきに使いましょう

 7 排水口にゴミ取りネットをつけて、下水道を守りましょう

 8 空き缶やタバコのポイ捨てをやめましょう

 9 除草剤はできるだけ使わないようにしましょう

10 自動車のエンジンは不要の時は止めましょう。

 

あなたから、家族や友人に、そして日本から世界に、「グリーンプラン」の輪をひろげましょう。

 

 

坐禅作法

 

仏道をならふというは、自己をならふなり。

自己をならふというは、自己をわするるなり。

自己を忘れるというは、万法に證せらるるなり。

万法に證せらるるというは、自己の身心、

および侘己の身心をして、脱落せしむるなり。

 

坐禅のこころ

 

 禅とは、インドの古代語である梵語の「ゼンナ」という言葉に音を表す禅という文字を当てたものです。意味の上からは、定だとか、静慮とか、思惟修とか訳されていて、ものごとの真実のすがた、あり方を見極めて、これに正しく対応していく心の働きを調えることをいうのです。そのためには、身体を調え心を静かにして、物事の好き嫌い、善し悪しなどの、日ごろの心の働きに執われていてはできません。わたくし達の意識は一瞬一瞬に動いていますが、その一つ一つを追いかけるのではなく、流れのままにまかせることが大切です。そのような心の動きに執われないことを三昧ともいい、一般には無念無想といっています。

 このように、身の回りの事象に執われることなく、真実のあり方を見極めることを解脱ともいいます。この解脱の道を体得し、体解するのが禅の真義であります。禅を行ずるもっとも基本的な儀が、端坐であり、ここに「参禅は坐禅なり」と、坐禅を強調するゆえんがあるのです。

ヨガの先生

ヨガの先生

今日は 少人数でしたし、

天気もよく、

温度も適温でしたので、

窓全開で大山を仰ぎながら、

ヨガをしていただきました。

体感という言葉ぴったりくるのが

ヨガで、まさに、自分でやってみる

ということ、そのままです。

 

お寺の畳に寝転ぶことは、

なかなか出来ませんね。

そんな中、

さっそく寝転び、

広い天井。

大地を感じ、

重力を感じ、

腕の緊張をときほぐし

足への負荷をときほぐし

インナーマッスル

内筋を緩めることからはじめ

やがて心がゆるやかなにときほぐされます。

 

もともとは、弓道で国体の選手に選ばれるほど

努力をかさね、心を研き、会得した心のありかたを伝えたくて

その表現の一つとしてヨガを教えている。 と感じました。

 

大学で講師活動を行いながら、自分を磨き続けている先生です。

次回は、夜の部です。とてもすごしやすい季節です。

行動を起こすのは今ですぞ!!

 

お別れ諦めうた

うつつか夢か この寝顔 南無なみだぶつ お葬式

無我夢中 やはり帰らぬ一七日(ひとなのか)

暮れて夢 明けて涙の 七七日(なのなのか)

何としよう 南無 なみだ仏 百ヶ日(ひゃっかにち)

おもかげはいまだそこらに壱周忌(いっしゅうき)

さらばとて さらばさよなら三回忌

亡き世慣れ わかれ涙の七回忌

おぼうさんが.jpg

お坊さんが書いた「お葬式」の本 より。


私の心にのこった、こんな「お葬式」  心温まる送り方

 逝く人に何をしてあげられるか?

 お世話になった方への「ご恩返し」

 「亡き人」と「仏さま」と、そして「私」

 喜怒哀楽の渦巻きの中で人は何を思う?

「生きざま」と「死にざま」はつながっています 亡くなっても続く「縁」

 「僕は来月、初めて七十九歳になる」

 「初めてということに対する心の張り」

 人とおわかれをするとき

 節目節目で「けじめ」をつける

 人生で最も大切な仕事

 「人は、死んだら終わり」 そんなことありません

 

仏教が教えてくれた お葬式のありかた

 続く・・・。

図書館

長谷寺から、移動を車だとするならば、

厚木市の図書館よりも、伊勢原市の図書館の方が早くつきます。

(バスなら、厚木市の図書館が圧倒的に近い!)

10冊を限度に借りることができます。

伊勢原の図書館の良いところは、無料の駐車場があるところです。

建築関係の書籍

遺言関係の書籍

葬儀後の事務手続き関係の書籍を 借用しました。

が、図書カードを忘れました。ので、臨時借用となります。

行動することが大切で、具体的に行動した結果、「こうなった」

ということを、仏教では教えています。

善い志をもって、行は徳となり、

悪い意をもった、行は負となる。

 

よき、こころざし、をもって何事にも取り組むこと

そしてその志が集まったものが、書籍であり

図書館であり、先人の智慧が宿っています。

 

私たちは死ぬまで学び続けることができます。

知らないことは、山ほどあり、面白いことは山ほどあります。

 

具体的に動くと、具体的に結果がでます。

それが、因縁。

曹洞宗は自分で行うこと を、お勧めします。 


http://www.lib-isehara.jp/

4回忌

1年目は1周忌といいます。

2年目は3回忌といいます。

3年目で4回忌を行いました。

 

愛する家族が、今元気で暮らしているか?

だれか一人でも困ってはいないか?

目標にむかって進んでいるか?

 

亡き方は不安ですよね。

その不安に応えるべく、喪主さんより

4回忌を希望され、つとめさせていただきました。

来年の5回忌のお願いも受けました。


 

家族の核である 親を亡くすとなかなか集まる機会がありません。

個々に家庭を持ち、仕事だったり、学校だったり・・・。

あつまる口実に、

「あんたら! 私が死んだら 毎年供養するんだよ!ボーさんに言っとくぞ」

なんて、遺言はいかがでしょ?

 

 

だれかひとりでも、さびしい思いをしないように。

ひとり困っている家族がいないように、温かく見守る。

7回忌の時には、ちょっと盛大に、などなど、

あの人の御命日を、「こころざし」を、大切にしてください。


長谷寺は 檀信徒にかかわりなく ご供養ができます。

(曹洞宗の法式 作法に準じ、「長谷寺独自の泣いて笑える」 御法要です)

▲このページのトップに戻る