お寺、寺院、水子、神奈川県、長谷寺、歴史、写経、紫陽花、祈願、供養、 歴史、壷月、

ちがいます。

2016-06-13

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桑田二郎さん著です。


年代が違います。

大きさが違います。

単色と二色刷りで違います。

 

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・・・・・・違います。

 

インターネット経由だと、

中身を見ずに購入すると

こんなこともあります。 

 

とっても勉強になります。

住職系

2016-06-12

住職系女子

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私にはちょっと難しいかな?

マンガ図書にいたしました。

しったかぶった。

おてらとしょかん

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しったかぶった。

 

うーん。まだ、読んでない。

ロングセラーの三部作。

心にズドーン

おにいさん

おてらとしょかん

 

 

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2006年に刊行されたものなのですねぇ。

事前に読んだこともなく、

おとながいです。 

いいのか? という内容に、

読んでいて、

「これにこれだけの時間を費やしていてもいいのか?」

と、ただ、単に笑っている自分。

 

早速、お寺に置いたところ

かなりの方が読んだことがあるようで、

 

「あっ セイントおにいさん だぁ」

 

と ほぼ、100%女性から 

お声をいただいております。

映画化もされているんですねぇ。

本気で英語

英語の時間20160300.pdf

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倉成先生の申し出により、これからは本気モードの講義に

変更いたします。中学3年間のカリキュラムは頭の中に練りこみ済み

高得点を取るためには、基礎をガッチリと学ぶ

頭を汗かくことが大切で、何をどのように学ぶかを

的確に、コンパクトに伝えます。

 

始めが肝心、 今回、焦点を絞り込み 

新小学6年生と 新中学1年生(2年生を含む)

といたしました。絞ることで、ガッチリ学ぶ形式に変更です。

逆に言うと、中学3年生だろうが、高校1年生だろうが

基礎ができていなくて

本気で困っているのなら、プライドなどを捨てて

素直に、1年生からはじめることがたいせつ。

 

本来は料金が発生するのでしょうが

先生の現在の職業が副業として禁止のため

無料で講義をしていただいております。

 

さらに言うと、本業が激務なため、

英語の講義は、ぎりぎり一か月に1度開催です。

耳で聞く

http://www.radionikkei.jp/mimipod/ondemandlist.html

耳で聞く 曹洞宗の教え

小欲

一つには小欲。かの未得の五欲の法の中において、広く追求せざるを、名づけて小欲となす。

 仏のたまわく、なんだち比丘、まさに知るべし。多欲の人は、多く利を求むるがゆえに、苦悩もまた多し、小欲の人は、求むることなく欲なければ、すなわちこの患(わずら)いなし。ただその小欲すらなおまさに修習(しゅうじゅう)すべし、いかにいわんや小欲のよく諸(もろもろ)の功徳を生ずるをや。小欲の人は、すなわち諂曲(てんごく)してもって人の意を求むることなく、また諸根のために牽(ひ)かれず。小欲を行ずる者は、心すなわち坦然(たんねん)として、憂畏(うい)するところなし。事に触れて余(あまり)あり。つねに足らざることなし。小欲ある者は、すなわち涅槃(ねはん)あり。これを小欲と名づく。

八大人覚(小欲の解説01).pdf

鍵は「hase」

塩分 293

法句経 293

つねに善くつとめて、身につつしみあり。

なすべからざることに、遠ざかり。

常になすべきを行い、思い深くさとれるもの

悪習(まよい)は、かかる人に消えん。

 

ーーーーー訳

もし人が常にいそしみはげんで、自らの動作について反省し、

してはならぬ行為はこれを行わず、

せねばならぬ務めをつねにふみ行っているような、

かかる注意深さと、完全なる智慧をもっている人には

本能衝動はついに消えうせる。

 

ーーーーー訳を訳す

たとえば、あなたが 努力を続けて

より良くしようと改善を続けたら

悪い方向に行くはずがない。

いつも 良い事をおこない

深く見て、深く考える智慧を持っている人は

習慣でも悪い事ならば その人は行わない。

 

ーーーーー訳したのを当てはめる

塩分

習慣になっている事。

私たち 日本での暮らしでは

物をおいしく いただく文化がとても発達しています。

和食、洋食、中華、アジア料理でもなんでも

好みにアレンジ(調整)していただいています。

 

そしてとても働き者でもありますので

たくさん汗を流します。

汗の中に含まれている塩分が

どんどん、体から出て行ってしまうので、

補給するためにも、美味しく好んで頂きます。

 

春夏秋冬と四季おりおりで、大量に汗を流す季節もあり

逆に、ほとんど汗をかかないような季節もありますが、

食事の時、多めの塩分の美味しさにも連れられて

たくさん食べているようです。

 

ようです。というのは、世界的に見ると

日本の食生活で塩分を摂る量がとても多い。

と、言うことを日本にいると、なかなか感じない。

 

調理師の免許は持っていますが、

栄養士ではないので 深い事は

分からない。 

 

しかし、もし 体に 悪いことなのだとしたら

悪い習慣なのだとしたら、 改善したいですね。 

 

ーーーーー当てはめたのを仏教に戻す。 

今。

気づくことがなかなか出来ない例として

塩分の事を お話してみました。

 

心の深くにある 不安 の「もと」となるものは

何なのか、贅沢や わがまま や 怠け心 

(真面目すぎる というのが原因という場合も!)

からくるものなのか?

 

メンドクサイかもしれないけど、

自分と向き合う。また、他人の言葉を

聞いてみる。そして自分で 

「あっ。こりゃダメだ」と納得したら

すっぱり止めてみる。

 

気づけない 自分を 見(観)る お手伝いが

長谷寺の観音さまのお役目です。

 

ーーーーと強引に結ぶ。

欲も良い。

欲を否定しない思想 2014-10-04

 

住職をしている私はお釈迦様の言いたかったことを間違えて理解していました。

 「欲は捨てるべきだ」と。でもそうではなかったのです。極端ではない中道を忘れないように行動することを説いています。極端とは苦行と快楽の事であり、例えば苦行とは、修行僧の荒行。身体を極限まで痛めつけ、肉体を死の寸前まで衰えさせることで、肉体は汚いもので、汚れた体が衰えることで汚れも衰え、心の清らかさを回復させるためでした。しかし、これを釈尊は極端な修行だと考えた。

 そして快楽、快感、贅沢を安らぎだとする風潮も極端だと考えた。

 

 お釈迦様は「欲」を 善いとも悪いとも言わなかった。欲を悪いものとすれば禁欲主義となり、突き詰めれば社会生活も日常生活もなり立たなくなります。

 では、欲を善いものとすれば快楽主義となり、それを徹底すれば、私たちの生活は結果的に破滅して成り立たない。これも一つの極端なことであります。

 では何を言いたかったのか。肉体的にも精神的にも 人の欲に善い欲も悪い欲もなく本来あるわけではなく、その欲がバランスを崩して極端に走ったときにそれが悪い欲になるのです。 善いとか悪いとかは、所詮バランスがとれているかどうかによってつけられる言葉にすぎない。善いと思ってしたことが、しすぎると結果的に悪くなることが多い。

 お釈迦様は欲にとらわれてはならないとは言うが、

 欲を捨て去れとは説いていない。

 

 

油断大敵

油断大敵 121

 

 

「その報いは私には来ないだろう」と思って悪を軽んずるな。水が一滴ずつしたたりおちるならば、水瓶でも満たされるのである。愚かな者は、水を少しずつでも集めるように、悪を積むならば、やがてわざわいにみたされる。

 

 

「その報い よも われには来らざるべし」

かく思いて あしきを軽んずるなかれ

水の滴 したたりて、水瓶をみたすがごとく

愚かなる人は ついに悪をみたすなり。

 

 

「それは私に来ないだろう」と

悪を軽視するなかれ、

水がしたたり落ちることより

水の瓶も満ちてゆく

そのように愚者も少しずつ

悪を積んで満ちてゆく。

 

 

ーーーー

 

「部屋の掃除は そのうちに」

ご飯はたべたまま、服はぬいだまま

そのうちに ゴミすても面倒になって

ゴミ屋敷!やがて、体調どころか

やる気がわかなくなってしまう。

 

法句経 121より。

あきらめない

まけないで! 120

 

まだ善の報いが熟しないあいだは、

善人でもわざわいに遇うことがある。

しかし善の果報が熟したときには、

善人は幸福に遇う。

 

善の果実いまだ うれざる間は

善事をなせる人も わざわいを

見る事あるべし されど

善の果実 熟するに居らば

善人は幸福を見ん。

 

 

善がいまだ熟さぬうちは

善人さえも 悪を見る

しかし善が熟したときは

善人はもろもろの善を見る。

 

 

現役生が大学入試の為に努力して

懸命に勉強しても、模試で

ズタボロの評価なことは当たり前

(まだ学んでいない箇所があるから)

しかし、入試の当日までには、

学んでいない 穴もなくなり、一気に

高得点を得ることができる(かも?)

 

とにかく続けよう。

 

法句経120より。

やめときな

やめときな 119

 

悪の果実いまだ 熟れざる間は

あしきをなせる人も

幸福を見ることあるべし

されど

悪の果実 熟するにいたらば

その人ついに 不幸に逢わん

 

ーーーー

まだ 悪の報いが熟しないあいだは

悪人でも幸運に逢うことがある

しかし、悪の報いが熟したときには

悪人はわざわいに遇う。

 

悪がいまだ熟さぬうちは

悪人さえも善を見る

しかし悪が熟したときは

悪人はもろもろの悪を見る。

 

高校に通っている時に

ワルで通っていた彼も

高校生なら許される事もある。

しかし、大人になってからの

ワルは、そのまま犯罪者として

刑罰を受け、自由を奪われる。

 

やめとけって・・。

 

法句経 119より

いいんじゃね?

いいじゃん 118

 

人がもし善い事をしたならば

それを繰り返せ。

善い事を心がけよ。

善いことがつみ重なるのは楽しみである。

ーー

 

もしひと よきことをなさば

これを また また なすべし

よきことをなすに たのしみをもつべし

善根をつむは幸いなればなり。

 

ーーー

人は善をなしたなら

重ねてそれをなすがよい

それに対して欲するがよい

善を積むのは楽しみである。

 

 

だれも善を行ったならば

私は一度、善い事をした。

「これ以上は必要がない」と止めず、

何度も行うがよい。行わないときも

その善に対して欲や喜びを作るがよい

なぜか。なぜなら、善業を積めば、

この世でもあの世でも楽が

もたらされるからである。

善因楽果の教えである。

 

ーーーー 

バス停の掃除をしてみた。

空き缶や吸い殻をひろったら

キレイになった。通勤のみんなも

ちょっと うれしそう。

1度じゃなくて、ずーっとやろう。

自分の心に良のハンコを貯めよう。

今日もお仕事がんばってね(笑)

 

法句経118より。

悪事はやめよう

悪いことはやめよう 117

 

人がもし悪いことしたならば、

それを繰り返すな。

悪事を心がけるな。悪がつみ重なるのは苦しみである。

 

ーーーー

 

たとえ悪をなしたりとも

ふたたびこれをなすことなかれ

悪の中にたのしみをもつなかれ

悪つもりなば たえがたき

くるしみとならん。

 ーーー

テストでカンニングをして良い点を

とったとしても、2度としてはいけません。

必要なはずの知識が身についてなければ

将来「なんでできないの?」なんて事で

信用をなくしたり、苦しんだりするから。

 

 

法句経 117 より。

善はいそげ

善はいそげ 116

 

善きことには いそぎおもむくべし

悪しきことにむかいては、心をまもるべし

功徳を作すには、こころうきものは

悪のなかにこころおぼるるなり。

 

善をなすのを急げ

悪から心を遠ざけよ

善をなすのに のろのろしたら

こころは悪事をたのしむ。

 

電車の座席に坐っている。

体調のすぐれない方へ席を

ゆずるのならば、早いほうが良い。

後ろめたい心が深まらないうちに。

 

仏教では悪魔というもの

悪事というものは、自分の心に住む

と考えます。良き事をやらないで

後悔するぐらいならば、率先して

行動しなさい。ということ。

 

ああ、あの時ああすればよかったのに

という、後悔という悪魔が

心の中で楽しむ前に 行いなさい。

という意味。

 

法句経116

現観とは?

さとり を 意味する諸原語は

真理に)「目覚める・知ること」または

「完全にはっきりと知ること」


しかし、漢訳時に「菩提」や「三藐三菩提」などと

音写し、「翻訳不可能な概念だ」として表現した。


意訳として、老荘の「道」を当てることで

「実践を続ける」という道理として示した。

3書籍

自然エネルギー.jpg

自然エネルギーのお話。

薪ストーブのお話もでてきます。

この本を読んで、節度ある生活

ということばが 心に浮かびました。

 

一期一話.jpg

ひとつひとつにこまれられた法話が

より伝わりやすく 絵になっています。

 

法話は、その昔、口づたえに、口伝で

ひろまり、現在は 文字となり、経となり

そして、まんが となって、善き心を伝える

 

峨山禅師伝.jpg

3冊目は、総持寺の維持発展に尽くし、

曹洞宗の布教基点として、尽くされた、

峨山(がさん)禅師の伝記です。

 

おてら 図書室に、設置いたします。

013 半端な心

粗荒に 葺かれたる 屋舎に 雨ふれば

漏れやぶるべし かくのごとく 心ととのえざれば

貪欲これを破らん。

 


 

適当に造られた屋根の家に雨が降れば

雨漏れするのが当たり前であるように

反省することない人は 欲の雨で ずぶ濡れになる。

 

 


 

勉強もせずに、大学に行きたいと受験しても

落ちて当たり前。同じように半端な作業では

よいものなど できるはずがない。

012 合格する試験

まこと あるものを まことありと知り

まこと なきものを あだ と見る人は

たどりすすみ ついに真実に 達るべし

 


本物を本物とわかり

 

にせものは、違うとわかる人は、

やげて、 真実 にたどりつくことができる。

 


 

試験で、〇か×かを正しく理解しているのなら

ひっかけ問題でさえも、どこだけが間違いか

わかる人は、時間がかかっても、合格する。

011 真実は本質

まこと なきものに まこと ありと思い。

まこと あるものを あだと 見る人は、

いつわりの 思いにさまよい

ついに 真実に いたりがたし。

 


 

本質でないものを 本質だと思って

本質なものを にせものと 見る人は

どうやっても本質に たどりつくことはできない。

むしろ、にせもの の中で さまよう ことになる。

 


 

 

本物か にせ物か?
よくよく調べる べきだと 思う。 

情報化社会ではありますが、見極める方法は?

現地に行く。多くを見て聴いて知り、そして判断する。

はじめから、白、黒。決めて物事を見てしまうと。

案外、迷路から 抜け出せなくなるのかもしれない。

 

住職だからと、寺にドッカリ座っていればイインだ。と

固定概念にとらわれていないか? 

本質を見抜くためにも私は 10の方向から見れる

10(住)職でありたい。

010 袈裟相応

心すでにけがれを去り 心よくいましめに住し、

自らおのれをととのえ 業、真理にそわば

袈裟をまとわんに 彼こそは げにそのあたえなり

 


すでに、悪い考えを捨てて、善の心と進み。

 

自分を律して、道徳や 道理と歩むならば

あなたは、僧侶の衣服を着るにふさわしい。

(うまく表現できてない・・・か?)

 


 

先日は、軽トラで、東京まで法事にいってきました。

と、言いながら、高尾山の方面だったのですが、

川沿いの国道を走っていると、そこは、ゴミが

ずらーっと捨ててあって、思わず拾いたくなって、

着物に改良衣で、拾い始めたら、45リッターゴミ袋で

5袋。やりおわってから、思ったことは、

・・・・作務衣でやるべきだった・・。という点。

 

このゴミ拾いが、善かといえば、人が捨てた悪の面

人間れべるで言えば、やっと、プラス マイナス ゼロ

(道路の建築や、軽トラでガソリン消費でやっぱりマイナス)

ということで、なるべくゼロに近づけようとする努力。

というだけで、良い までは とうてい 進まない。

でも、気になった点は、なるべく実行。

 

その後、軽トラに積んだゴミは

時間をかけて、分別。

残念ながら、ペットボトルは、

汚れがひどくて、再利用のレベルになく、

燃えるごみとして、出しました。 

 

自ら、おのれ を ととのえる 事。

(009)修行の資格ナシ

2014-04‐27

心なお けがれを去らず

ただ袈裟衣をまとわんとす

されど 心ととのわず

業、まこと にそわずば

袈裟を身にまとわんに

彼はげにそのあたえあらず。

ーーーーーーーーー

欲望の「かたまり」のままで

僧侶の衣を着たとしても

心の用意も、整っていないのならば

修行の型を続けたとしても、

僧侶の衣を着ている資格さえ、ない。

(008)堅実に

2014-04-26

世の事すべて美しとは見ず

諸根はよくととのえられ

口にするもの、定量をこえず

心信に、はげみはつよし

誘惑者もかかる人を

その摩手にはとらうすべなし

まこと、つよ風

微動がぬ岩山のごと。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

世の中は良い事ばかりではないことを

基本からしっかりと学んでいて

食事は必要な分だけで、努力を惜しまない人は、

 詐欺師の手口にハマることはない。

まるで、強風でもビクともしない岩山のごとく。

 

 


 

ウマイ話には落とし穴があることは、

だれもが承知のこと。それでも 落ちるのが 

ウマイ話。 話をまるのみすることなく

自分なりに調べること。 

この「口にするもの、定量をこえず」とは

お酒の事ではないだろうか?

快楽に専念(007)

世のことすべて美しと観

こころのただ、おもむくにまかせ

口にするもの節度なく

こころは弱く はげみ少なし

誘惑者はかかる人を

その魔手にはとらえん

まことに、かのつよ風の

力よわき樹木を吹き倒すごと

ーーーーーーーーーーーーー

自分にとって良い世界だけをみて

わがままに快楽にまかせて

好きな物をむさぼる者は

こころは弱く努力をしない。

誘惑者は、こんな人をおだてて

すべてをむしり取る。

丁度、あの風が、弱い樹木を

吹き飛ばすように。

 


贅沢に贅沢を重ね

 

借金に借金を重ね、わがままほうだいに

美味いものだけをむさぼる者は、

ごう慢で仕事をしない。

詐欺師はそんな浮かれた人に

仕掛けた。

まるで、バブルがはじけ飛ぶように。

争いなく(006)

2014-04-24

「われらはここ、死の領域(さかい)にあり」 道を異にする人々は、このことわりを知らず。

 このことわりを知る、人々にこそ。かくて、いさかいは止まん。

ーーーーーーー

私たちはここで、やがて死ななければならない」

あらそっている人たちは、この事に気づかないでいる。
もし、この事実を自覚するならば、

その人は、もう、あらそいというものがなくなってしまう。 

 

これには、前文があって・・・。 

怨を解く(005)

2014-04-23

まこと、怨(うら)みごころは いかなるすべをもつとも 怨みを懐く(いだく)その日まで ひとの世には、やみがたし うらみ無さによりてのみ、うらみはついに消ゆるべし。これは変わらない、真理なり。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

本当に、他人をうらむ心を持っていては、どうやっても、そのうらみを ほどく ことはできない。

 ただ、うらみがない心にしか、うらみを ほどく ことができない。 このことは、永遠にかわらない本当のことである。

 

これには 続きがあって・・・。

恨み止(004)

2014-04-22

「彼、われをののしり、 彼、われをうちたり 彼、われをうちまかし 彼、われをうばえり」

かくのごとく、こころ 執せざる人々こそ、ついにうらみの 止息を見ん。

ーーーーーーーーーーーー

「彼が私を罵り、殴り、敗北させて、奪ったんだ!」

こうした考えに執着しない人にこそ、そのうらみは消えうせる。

 

これは対句になっていて・・・。

うらみ(003)

2014-04-21

「彼、われをののしり、 彼、われをうちたり 彼、われをうちまかし 彼、われをうばえり」

かくのごとく、こころ 執する人々に、うらみはついに やむことなし。

ーーーーーーーーーーーーーー

 

「彼が私を罵り、殴り、敗北させて、奪ったんだ!」

こうした考えに執着する人には、その恨みは 消えることはない。

 

ーーーーーーー

これは対句になっていて・・・・

良き心には(002)

2014-04-20

おもいは すべてに さき立ち

すべては おもいから なる

おもい こそは すべてを 総ぶ。

きよらかなる おもい をもって

話したり、行動をすれば

形に影がついていくように

たのしみが 本人に ついてくる。

 

ーーーーーーーーー

これをやってみたい! で

行動したことは やりたかったから。

気持ちこそが 結果のはじまり。

良い心からはじまる

行動や言葉は

影がくっついてくるように。

たのしさは 本人に ついてくる

これは対句になっていて・・・


(000)系の作者は、とても、とても 基本の所から

やさしく、わかりやすく 説明してくださるから、

とても 好きです。 もちろん、だんだんと 

難しい話も出てきますが、相手を思いやる心で

あふれている。そんな文章。意味を感じて

いただければ うれしいです。  

 

今 ふうに言うとボランティア なんかも

これにはいるんじゃないかな?

 

良い事を、誰から言われることもなく

すすんで はじめる のが ボランティア。 

先日、子どもともに、相模川にいってきました。

こどもは、自転車で、ゴロゴロ石の川原を走っていってしまいます。

私は、5歳のおじさん犬(が去年きたのだ)とお散歩と

ゴミ拾い。 水かさに応じて、ゴミが一列に並んでいるのを

知っているひとは、現場を訪れたことのある方。

さら〜っと拾って。ちょっと、良い気分。

 

たのしさは、 本人に ついてきます。ゾ。

悪意には(001)

おもいは すべてに さき立ち

すべては おもいに なる

おもい こそは すべて を統ぶ

けがれたる おもい をもって

はなしたり 行いをすれば

引くものの後を追う

かの車輪のごとく

苦しみが本人についてくる。

 

ーーーーーーーーーーーー

やろう! という気持ちが先で

やったことは、 やろうとしたこと

やろう! という気持ちが すべてで

悪意をもって 言ったり 行動すると

タイヤの跡ように

苦しみが自分についてくる。 

これは 対句になっていて・・・


(001)系の作者は、とても、とても 基本の所から

やさしく、わかりやすく 説明してくださるから、

とても 好きです。 もちろん、だんだんと 

難しい話も出てきますが、相手を思いやる心で

あふれている。そんな文章。意味を感じて

いただければ うれしいです。 

 

悩みが多い時代に、悪いほうから先に言う。

そして、そのあとに良い方を言っています。

 

その方がおかれている 姿を見つめること。

そして、その後に 対策を述べる。

あたりまえともいえる、事でも、基本に戻ることが

改善の第一歩。 

 

悪意でした行動は、自分に苦しみがついてきますぞ。

ご注意を!!

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