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長谷寺蓬莱山倶楽部

倶楽部?


2021年09月17日

挨拶修正案

新長谷寺HP用挨拶文

 

長谷寺のホームページをご覧いただきありがとうございます。

「しあわせ」とは何か考えたことありますか?大きく言えば「心が軽い状態」ではないでしょうか?逆に

「くるしさ」とは何か考えたことありますか?大きく言えば「悩みで満の状態」ではないでしょうか?

人は幸せになるために生まれてきました。しかし、なぜこんなに苦しいのでしょうか?昔の人も「しあわせ」を追い求めて、様々な研究と努力を重ねました。その努力と研究の成果が保存してあるのがお寺です。

 自分が最高の人生を贈るには、悩みを見つめる技術が必要です。悩みがなぜ生まれるのか、どこから来るのか、正確に知ることが大切です。そしてその悩みの理由に納得し目標となった時、応援してくださる観音様がおられます。

 お寺は、「最高の人生を贈り方」を共に学び合う。そのような寺院でありたいと考えております。

2021年06月30日

祝日移動の件

手元のカレンダーとの差異を確認用に

首相官邸の記載をリンク先として。

 

7月盆と8月盆を共に実施しておりまして

合同お盆供養が難なので、各月個別に

ご供養を重ねてまいります。

(休日を確認してたら、あわてました)

2021年06月28日

ピンチローラー

 その昔、ラジカセは各家庭にありました。ラジオとカセットデッキが一体になった音楽再生装置です。磁性体であるテープに音を録音し、再生することができる。今では、見ることが極端に減ってしまった品です。

 このカセットデッキには、ヘッドという音声を読み書きする部分や、テープを安定して送り出すゴム製のローラーがあり、このローラーの事をピンチローラーと言います。

 自動車会社勤務から独立して、このピンチローラを製造に着手した方のご供養をつとめることになり、日本のモノづくりは品質を要求されていて、とても苦労した時代の話を聴きました。

(ピンチローラで検索したらばここの記事が気になりましたので、ご案内だけ)

 今は、デジタルの時代でもありますが、アナログを極めた時代があった事。磁性体をつかっていたので、デジタル的な技術も使っていたことになるのかは、わかりませんが、古き善き時代があり、断捨離として、あらゆる品が処分されていくことを実感しながら、前に向かう前に基礎を学び、 その時代、そんな場所まで修理が可能なように工夫され、製造していたことを知ると、今の使い捨てと思っている品でさえ、分解して、学べることが多いのではないかと感じています。

善し悪しは別として 使えない理由を知ることは大切で、一部分だけでも使用不可。となると廃棄される時代に、違和を主張したい気持ちがめばえて、無駄に書き込んでいます。

 新品は高性能で、低価格。旧製品の修理は難易度も高く、困難な場合もあり、性能も保証されない。

 これを身体に置き換えてみると、50才を過ぎて視力の低下や運動性能の低下を実感し良い感じに劣化が進みつつあることを実感する。高性能ではないけども、手入れをすれば十分に使えることの実証を実験しながら、日々を過ごしたい。

 個々の点検ぬかりなく、旧製品は修理が効く事をわすれなく、絡むことなく、低速でも一定な速度で歩むことができますように。

2021年06月26日

シンガーラ

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/818103/1

 

シンガーラへの教えをしらべていたらば、国会図書館に到達。

備忘録として、記載。

 話をするまえに、原本を見つける。

こちらを読み込んでいるうちに、

仏説尸迦羅越六方礼経」で検索したところ、国会図書館に到達。

 

ゆっくり読み込む前なので、自分への宿題を忘れないように、記述。

2021年06月23日

はいて吸う

呼吸

 呼吸とは、はいて吸うということ。頭ではわかっているのですけども、深呼吸といわれると、そのままの状態で大きく吸ってから、吐き出してしまう。じぶんだけだろうか?

 呼吸の「呼」という文字の語源を、ネットにて調べてみた。口笛で人を呼ぶ状態を表した文字と書いてある。なるほど音を出す為には、息を吐きながら大声や口笛を鳴らさなければ届かない。しかし「呼ぶ」とは招き入れるという感覚から、「吸って吸う」と意味も調べずに勝手に勘違いしていた自分が居る。

 吐いてから、吸う。吐くと自然に入ってくる。肺を意識していない状態から、息を吐くと驚く程に空気が出てくる。出てくるとその分吸える。さらに意識して入れる?いや意識して吸い込むことができる。中途半端に残っていた空気は全部入れ変えることができる。これが呼吸であり、深呼吸です。

 現代は、あらゆる情報が流れこんできます。テレビをつければ、ニュースやコマーシャルなど自動で情報が流れ込み、目を引くようなやや過激な情報であふれている。新聞も同じように、少し過激な情報が書かれており、下半分は広告であふれている。情報を送る側には意図があり、その意図を持った情報で私たちは意識がいっぱいになってしまうと、自分で考えるのではなく、意図を持った情報でいっぱいになっている状態が自分の普通だと思いこんでしまい、余裕がなくなり焦りが生まれる。これは呼吸ではなく、吸って吸って吸う状態。良いわけがない。ならば、情報を吐く方法を知ることが大切。

 初めに過剰に入ってくる情報を制限するにはどんな方法があるか考えます。簡単に言えばテレビをつけないことです。しかし、すでにテレビをつけることが習慣になっているのでなかなな実行できません。ならば、ということで、アンテナ線をテレビから抜き、ノートパソコンの増設モニターとして使用してみると、パソコンでの作業が驚くほど快適になりました。テレビから自動で流れてくる情報を、自分で探しに行かないと入ってこない状態にすることができます。自分が必要は情報は自分で探しに行けばよいということです。

 この状態は 息を吸うでもなく吐くでもない状態。身体の中には今まで入ってきた意図を持った情報が残っています。その情報を一旦吐き出す方法を考えてみましょう。入力を極端に減らす方法。多くの苦行を重ねた先人たちが辿りついた方法。その一つが坐禅です。静かな場所で、静かに坐る。壁に向かって坐るからこそ、目からの入力が減ります。減った分だけ、耳に意識が集中します。いままで感じていなかった音が一斉に聞こえてきます。ひとつひとつ丹念に確認していきます。ん?冷蔵庫のモーターの音?換気扇?鈴虫の声。車が通りすぎる音、たくさんの音に気づきます。ゆっくり長く坐っていると、やがて慣れてきます。なれてくると、今まで聞こえていた音が気にならなくなることが不思議です。今度きになってくるのが、今までたくさん入ってきてたまっている情報を基にした心です。時間をかけて積み重ねた情報は、時間をかけて薄めていきます。一気に消そうとすると、ぼっこり起き上がってきますので、そこにある情報という心の動きには、そのままに触らないよう、ゆっくりとユッタリとすわり続けます。やがて薄まってくると、今度は自分の悩み事がでてきます。こだわっている事が出てくるのです。手放せない、責任感であったりします。もー。ぐるぐる回り始めます。どうしよう、どうしよう。って、それでもそのまま放置です。放置すればするほど、頭の中で答えがでてきます。その問題は自分ではどうすることもできない事。いや、こうしたらできるかな?そんな方向性が見えたら、悩みは行動に変わります。行動のきっかけが生まれたら、坐から立ち上がって実際にやってみる。やってみると悩みが結果に変わる。できた?できなかった・・。結果をふまえて、また坐ってみる。原因はなんだろう、なにが理由だろう。考えもしなかった理由がそこにあっただけで、ゆっくり想い返せばなる程ね。と実感できる。それをふまえて、こんどはどうしましょ?なんて勝手に考えが浮かぶ。立ち上がった時にやってみる。自分で考えているから、失敗も納得。他人のせいになすりつけることもできないから、凹むときは、盛大に凹むけども、それもふくめて、自分があるいてきた道そのものです。

 あふれる情報から一旦外れて、薄めて、浄めて、自分を見つめると、自分がやりたいことが見えてきます。さあ深呼吸しましょう。いまだに吸ってから吐いてしまう自分に気落ちしながらも、まあ吸ってしまったら、しっかり吐き切ることで、同じように吸えるものでもあります。半周ズレても気にせずに、深呼吸。しっかり吐いて、優しく入れる。新しいニュートラルを確認できたら、ゆっくり前にすすみましょう。

2021年06月20日

無常迅速

生死事大 光陰可惜 無常迅速 時不待人


時間を惜しまなければならない。

時は人を待ってくれない。

無駄に過ごして死を待つような

事ではいけない。

 

修行道場に入る時、はじめに鳴らす木の板「木板」(もっぱん)に記されている文字。

 

 山と盛られた雪の下側からは、前日溶けた水がガチガチに凍り付いた道を歩いて、山門に到着。逃げ出したい気持ちを抑えて、木板に近づく。これを鳴らせば、修行がはじまる。これを鳴らさなければ、一般人のままで居られる・・・。はずもなく、地元に寺には帰れない。

 ため息と共に、心をふるいたたせて、木槌(木のトンカチ)を握りしめて、木板の下についている縄を斜め手前にひいて、この修行道場に居るすべて僧侶に聞こえるように、力いっぱいに叩く。

 修行をできるのは、今しかない。この身体を使い、行を修めるのは、今しかない。と自分に言い聞かせながら打つ。打つ。鬱。

 

 だからと言って、すぐに事は進まない。本気なのかどうかを見極めるために、すぐにだれかがでてくる事もない。この時点で帰った人も知っている(が、彼は今なにをしているのだろうか?)。1分、5分 10分、30分 1時間。藁を手作りで編んだ草履は水分をたっぷり含み、手足の感覚は寒さでほぼ無くなる。

 時計を持参することはできない、太陽もまだ出てはいない。正確な時を量ることはできないが、やがて担当である古参和尚(先輩僧)が現れる。


師匠である 父親も 同じ道をたどり

弟子である 息子も 来年道をあゆむ。

 

無常迅速 人生は短い。

2021年06月14日

才能開花

11面の観音さま目線を学ぶと しあわせを実感できます。

自分の人格は一人だと思いがち。実はそうではありません。

家では父であり、夫婦では夫であり、会社では部長であり、電車内では乗客であり、実家では次男であり、地域では住民で、国家では国民で、宇宙では地球人。

怒りっぽい時、穏やかな時、率先的な時、雄弁な時、攻める時、悲しい時、愛しい時、楽しい時、すべて自分であり多くの感情を持っています。

多彩な人格を表現した観音様を前にして坐ると、たくさんの自分に出会えます。幼年、少年、青年 成年 中年 壮年 高齢 その時々に揺れた心があり、そこには忘れることのない日々があります。

それは人生という舞台にぶっつけ本番で挑む最中の自分であり、客観的に自分を見ろと、 観客側の目線をと諭されることもあります。

演者として舞台に立つ時、舞台両脇の上手側と下手側。観客からは見えない横にある幕の間から眺める演出家としての自分を想像してください。

孫と縁側でユッタリできるのに、ガンコ父親として猛烈に叱る役のままでは似合わない事を伝える。成りたい役者を育てることができるのも演出家としての自分。個の役に没入してしまうと、次の舞台が出来なくなる。積極的に意図的に切り替える。

やがて役者としての身体を終える時が必ずやってくる。人生という役をやり切った時、ゆっくり休む処が墓(寺)であり、誇りをもって個性をもって今後どれだけAIが発達しようとも、想像もできないであろう人生を仕上げた先輩として此処から見守る。相談があれば何時でも誰でも来れる場が墓(寺)であり。応援を続けることが出来るのが墓(寺)であります。

あなたは、多彩で、まだ自分でも知らない才能を持つ鮮やかな自分を 見つけて温めて開いて広めて深めて育てる楽しさを11面の観音様は 教えてくださいます。

狭い自分という殻から解き放ち、自由に多方面に歩む みちしるべ として  厚木市長谷の長谷寺 聖十一面観世音菩薩

2021年06月11日

運動性能

 

芝のお手入れをしています。ねこさんも同席します。20年を共にした猫さんから1歳未満になりました運動性能が違います。自宅内では「ねこをかぶって」いますが、芝の上で全力開花時の動画です。うん、やっぱりスゴイ。

https://youtu.be/3NkWjntBloY

地面を蹴って飛び上がり、姿勢を制御しながら、移動する目標に追従。落下が始まってから着地の為に身体をひねり補正を開始。柔軟に着地。

2021年06月10日

影富士

富士山の影

永く不思議に思っていたことを調べました。

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ホームページ 再構築を検討していて、履歴を見ていて

忘れ物のように、確認していなかった事をしらべました。

 

富士山の影であることを立証するために、グーグルマップを開きまして、富士山と長谷寺を結びます。

 

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実際には大山等、丹沢山系に阻まれて見えませんが、直線に引くと55キロ

 

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撮影ポイントに合わせる 影方向と同一でした。納得。

富士山は見えませんが、本堂の正面に富士さんはございます。

2021年05月31日

智慧

純粋に受け継がれ続けている智慧にはやり方があります。その智慧を純粋に授かるには、心を散らさず乱さず静めて集中する必要があります。そして自分で自分を受け止め、自分で自分を使いこなさなければなりません。その智慧を自由自在に使いこなす入口が、禅の道で行を修めることです。

 この智慧は、全員が豊かに持っているけれども、知ろうとしなければ気づくこともありません。

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